「共有族」が増えていることを書いた今朝の日経朝刊の記事

少し前から、ハウスシェアやルームシェアは話題になっていた。

目に留まったは、タイトルにもなっている、お墓のシェア。

将来両親が入る墓(今はまだ誰も眠っていない)にお参りにいって思うのは、両親も選んだ区画の狭い永代供養墓の数が増えていること。そして、もう区画は一杯になっており、昔からの墓で、既にお参りする人もいなくなったところを整理するなどしてやりくりしているのではないかと思われる。

家を建てるのも一苦労なら、墓を建てる(そもそも空いている場所を探す)のも一苦労な昨今。私の両親が選択した、区画の狭い永代供養墓や、マンションのような集合型のお墓など、見た目が変わったものは話題にのぼっていた。

しかし、意気投合してのこととはいえ、家族以外の人同志が同じ墓に入る、というのは初耳だ。さすがに、お墓に入るタイミングは異なるだろうが、今つながり合った人と、旅立った先でもつながりたい、という思いの現れだろうか。実際にシェアすることを決めた方の話として紹介されていた「墓友」。はたして流行語になるのだろうか。
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世に出回っている、成功者が大事にしていることを紹介する本を読むたびに思うこと。

彼らは、一部の例外もあるかもしれないが、特異なことをやっている訳ではない。

シンプルなことを愚直に積み重ねる、当たり前のことを当たり前にやる。

読んだ時は「なんだ、そんなことか」と思う。

しかし、そんなシンプルなこと、当たり前のことなのにできないでいる自分がここにいる。

こういう本が平積みされて売れている、というのは、できないのが自分だけではないということか。

あるいは、タイトルに騙されて買って、読んで「これ、出来てることだよ!」後悔しているのか。


当たり前のことを愚直にやり続けることは、実践が難しいが大事なこと。

だからこそ、経営理念に掲げる企業もある。

そう理解しよう。そして、自分もできることを積み重ねていこう。
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仕事から上がった後のウォーキングの際、オーディオブックを流し、耳で読書しながら歩いているが、その傍らで聞こえてくる音で季節の移り変わりを感じている。

5月頃から始まった蛙の合唱は、今は一段落し、歌の主役は虫たちに変わっている。

今、こうしてBlogを更新している自宅の窓越しに聞こえてくるのも、夏の夜を演出する虫たちの声。

7月16日。今年は後祭もあって去年までと異なるようだが、京都の祇園祭も盛り上がりを見せる頃だろう。(今年は違うが、去年までなら今夜が宵山だったはず。今年は21~23日のようだが。)

こうして、風情ある音で夏を感じるのは良いのだが、アスファルトの上には、現れてほしくない「虫」たちが出没し始めている。

けたたましいエンジン音を立てながら、時として道を塞いで走る、バイクに乗った若者たちの群れである。

去年は、運動公園のランニングコースにまで入り込んできて、ウォーキング中ハッとしたことがあった。

本人たちは気晴らしになってるのだろうが、中にはその音を不快に思っている人もいることを感じてほしいものだ。
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財産、という言葉を目にして、最初に連想するのは、持ち物(しかも高価な持ち物)やそれを買えるだけのお金、というのは、私だけではないと思う。

まぁ、財産、というより資産、といった方がいいだろうか。

そんな頭の私が、今週の日経電子版のコラムでハッとさせられた記事があった。

池上彰さんが連載しているもので、取り上げられていたのは、フィリピンのスラム街で、学校に行かずに働いている子供たちのところに出向き、出前授業を行う取り組みだった。

このコラムの後半で、その授業をきっかけにギャングから足を洗い、先生になった人の話が紹介されていた。
その人が言っていたのが、次のひとことだった。

「教育は、お金や物と違って人から決して盗まれない自分の財産だと思います」

場面は全くことなるが、自己投資として、自分の学びのためにお金を使うことを奨める本を読んだばかりだった。曰く、資産投資は目減りする恐れがあるが、学びへの投資は目減りしないと。

学びは一生続く、という教えにも出逢ったことがある。

確かにその通りだ、と、最近感じている。

但し、色々な教えを吸収(インプット)するだけでは学びとしては不完全で、それを自分の行動に活かす(アウトプット)することではじめて、学びという投資で自分自身の価値が上がっていく。

そう、当たり前の話である。しかし当たり前のことができずにいる人も多いのだ。

それでなければ、いわゆる自己啓発の本がこれだけ世の中に氾濫するはずがない。

人に盗まれることのない財産。それを更に増やし、活かし続けていくために、日々是改善である。
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「姿勢って大事だよね。」

こんな会話になったのは、10数年来の友人と久しぶりにビアグラス傾けていたときのこと。

折しも、歌っているときの姿勢の悪さを指摘されて間もない頃だった。
(現在も、改善の途上である)

15年前、初めて声楽のレッスンを受けたとき、師から最初に言われたのも「立ち方」だった。

音楽に限らず、きちんとした姿勢を作り、保つことは大事なこと。

ここのところ、ウォーキングでも姿勢が悪くなっていた気がする。

今日、少し気を付けて歩いていたら、今までより背筋が伸び、周りを見通せるようになった気がする。

一事が万事、というが、色々な点で姿勢(見た目の姿勢も、物事への取り組み姿勢も)が乱れていたのかもしれない。

身の丈以上に大きく見せる必要もない。

かといって、変に卑下する必要もない。

今の自分自身を全て受け入れ、身に起こることに対して逃げず、堂々とした姿勢で事に当たる。それだけのことだ。
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7年前、自分に浸透させようと夢中になって聴いていた(つもり)のオーディオブックがあった。

最近、思うところがあって、その音声を再び聴いていた。

懐かしい声。そして、今聴いても「そうだよな」とうなずける話。

ん。

ちょっと待て。

この話、以前聴いたときにも深く頷いていたよな。

あの時は、「わかったつもり」に過ぎなかったのか。

情けない。

でも、7年経ってからだが「あの時はまだまだだったんだ」と気づけたから良かった。

レベルアップのために「やらなきゃならないんだ」と考えるのではなく、「まだできることがある」と喜ぼう。

25年前、予備校で友人に励まされた言葉を思い出しながら、今より高みに向けて再出発だ。
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3年前から習慣づけるようになったウォーキング。

きっちりとしたノルマを課している訳ではないが、毎月100kmの距離はクリアしたいな、
と、何となく頭に描いていた。

しかし、厳しくはないノルマ(平日だけ毎日5km歩けばクリアするのだから・・・。)も、
先月までの累計では達成できなかった。

4月に風邪をひき、回復までに長くひきずってしまったため、4月~5月の2か月で
歩いた距離が140kmに留まり、1月からの累計でも473kmだったのだ。

今月、天候に恵まれ、かつ、1回あたりの距離を伸ばした(ここ10日間は毎日10km
歩いている)ことで、1か月に歩いた距離が185kmに伸びた。

2014年上半期で歩いた距離は、658.4km。
新幹線なら、徳山からだと、名古屋の一つ先、三河安城を少し越えたくらいになる。

コンスタントに歩き続けて、下半期は少し距離を伸ばし、年間1,500kmに到達しよう。
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Facebookを本格的に使い始めてから、Blogの更新頻度が落ちている(今更書くことではないか)。

そんな中で、「テーマを一つに絞ったBlogの方が、書く気も起こるかな?」と思い、昨秋から飲んだ酒に関するBlogを別の場所に立ち上げた。

「katopon『今日の一杯』」
http://plaza.rakuten.co.jp/katopontrinklied/

しかし、こまめに更新することができず、結局、最終更新から2ヶ月も放置してしまっている。

決して、その間酒を断った訳ではなく、書こうという気が起こらなかったのだ。

テーマを絞った方がいい、というのは、Blogに関する指南本を読んでのことだったが、私にとっては、どんな話題でもいいから書く場所は1箇所に絞った方がよさそうである。

前出のBlogは、閉鎖宣言したり削除したりはせず、そのまま置いておく。
(そうやって放置したBlogが、ほかにもあるんだよなぁ・・・)

新聞のコラムが毎日話題を変えながら(時事ネタ、という店ではブレないが)執筆されているように、このBlogも、できれば色々なことにアンテナを張りながら、感じたことなどを書き込んでいくことにしよう。

今日はそれを宣言するためだけのエントリーでした。^^;
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TBSが立ち上げたコンテンポラリークラシックチャンネル「OTTAVA」の放送休止のことを前稿で触れた。

(前稿はこちら ってすぐ下に表示されてるか。 ^^;)

これについて、話に急展開があったことを、6月23日のTwitterで知った。

仕事帰りに、駐車場まで歩きながら眺めていたタイムラインの中に、NAXOSがOTTAVAを承継すると発表したことを告げているものがあった。

放送で流れる曲のソースが、もしかしたらNAXOSレーベル中心になるのかもしれないが、忙しかったり、物理的に難しかったり等で、普段触れたくてもクラシック音楽にナマで触れる機会が少ない人たちへの貴重な発信源として、今後も長く放送が続くことを願う。

発表当日にエントリーしたかった投稿だが、2日遅れてしまった。(汗)
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# by h-katopon | 2014-06-25 22:10 | 音楽
2007年4月。

クラシックを流し続けるラジオ局が誕生した。

TBSが開始した、OTTAVA。

この存在に気付いたのは、その年の大型連休のラ・フォル・ジュルネだったと記憶している。

独身時代は、観たいテレビや聴きたいラジオの番組がなかったときには、BGM代わりに流していた。

その放送が、あと2週間で休止となる。

年を追うごとに、プレゼンターをつける番組の数が減っていき、「大丈夫かな?」と心配しながら、しかし私自身も聴く時間を取れずにいたのだが、ついにピリオドを打ってしまうこととなった。

他の国ではいくつか例のある(と言っても私が知っているのはスウェーデンと英国(アイルランドだったかな?)くらいなのだが)、コンテンポラリー・クラシック・チャンネル。

クラシックの裾野を広げるためにも、また何かの形で着手する人が現れることを願う。
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# by h-katopon | 2014-06-17 21:48 | 音楽