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2014年2つ目の本番として、合唱団「そら」のメサイア全曲演奏会で歌ってきた。

この合唱団は、活動拠点にしている訳ではなく、今回メサイアを歌う、ということでエキストラ
出演を申し入れた。

毎年メサイアかバッハのミサ曲ロ短調を歌っている、という、取り組み姿勢は素晴らしい合唱団。

今回のメサイアは、合唱団として20回目とのこと。

私の今の生活の地、徳山でも、毎年のようにメサイアを歌い続け(抜粋版の年もあるが)、昨年が22回目だった。

こうした大曲を継続して歌い続けることには、心から敬意を表したい。

もちろん、「数多く歌ってるんだからもっと歌えてもいい」と思う点もある。私が活動拠点とする合唱団なら、色々とテコ入れしようと動いたことだろう。

私自身は、抜粋版を含めて今回が4回目のメサイアとなる。歌うたびに気づきがあるし、歌い手としてもっと磨きをかけた上で上質な演奏をしたい、と思える。今回歌い終わった後に残った思いもそれだ。もっと己に磨きをかけて、チャンスがあれば合唱だけでなくソロにもチャレンジしたい。

大半の曲は、一度歌えば「もういいや」と思うが、メサイアは何度でも挑みたい曲。そして、挑むごとに更なる高みに到達したい。

また明日から、自分なりの努力を積み重ねていこう。もっといい歌を歌えるためにも。
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by h-katopon | 2014-02-23 21:45 | 音楽
「放した馬は捕まえられるが、放した言葉は捕まらない」
「百歳の人はいないが千年の言葉はある」

モンゴル人の格言として、2月21日の日本経済新聞「春秋」に紹介されていた。

引越しのシーズンにかけた話題。
年に4回も移動するモンゴル人が、物に執着のない代わりに言葉を大切にすることをあらわしたものだ。

「春秋」は、物に着目し、自分にとり何が本当に必要かを問う好機と結んでいる。
それはひとつの気付き。

「断捨離」という言葉も一時期はやったが、「それ、本当に持ってる必要がある?」という厳しい目で、自分の持ち物の棚卸しをしなければならない。

私にはもうひとつの気付きがある。
ことばに着目し、「放した言葉は捕まらない」も胸に刻まねばならない。

折りしも、「神の国」の発言をされた方が、今度はソチ五輪のフィギュア団体に言及した発言が取りざたされている。今回のコラムも、暗にそのことに触れたかったのかもしれない。

自分の言葉を外に発する機会が増えている昨今。
不用意な発言は、あっという間に広まるばかりでなく、揚げ足を取りたがる者の格好の餌食になってしまう。

SNSでの仲間同士のやりとりでは、テンポよくレスポンスをすることが重視されるという話を以前聞いたことがある。
スピードを重視するあまり、言葉を発した後に起こりうることまで見えてない、ということはないだろうか(あるいは見えていても軽視しているか)。

自分は大丈夫か? ついハッとなった金曜の朝であった。
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本を読むのは好きである。

通勤の車の中や、ウォーキング中に聴いているPodcastでも、本を紹介する番組が含まれているし、休憩と称して本屋に寄っては、ついつい20分~30分ほど過ごしてしまう。

そして、気になった本は、ついつい買ってしまう。
家に帰れば、読まれるのを待つ本、聴かれるのを待つオーディオブックが多数あるのだが、買う場面でその事実から目をそらしている。

更に悪いことに、帰ってからすぐに読めばいいのだが、買ったことで満足してしまい、ページがめくられない。そんな本が我が家には多数ある。

今住んでいる家は、それほど豊富に保管スペースがあるわけではない。また、「お互いが持ってきた本棚に収まるぶんだけ」という在庫上限に関する申し合わせもあるのだが、私はその申し合わせを逸脱してしまっている。

さすがにこの状態はまずい、と思い、先週あたりから、意識して本を読む時間を作っている。
新たに気になる本もあるが、今は買うのを少し我慢して、「気になる本」として手帳に書き留めている。

今日のウォーキングでは、新書1冊を聞き終える(倍速で2時間)ために、わざわざウォーキングの距離を伸ばした。歩いた距離が、久々に10kmを超えた。毎日このような真似はできない。細切れ時間で少しずつでもいいから、本で出来上がった土手を切り崩して行こう。
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2月14日。

ヴァレンタインディだからと、「自分にチョコをくれる人、誰かいるかな」などとそわそわしていたのは、遠い過去の話である。

一度、2月14日が誕生日の女性とお付き合いしてからは、世間とは違って「自分が何かプレゼントする日」として自分の頭にインプットされている。確か、ほかの国では、2月14日に男性からプレゼントする習慣もあると聞き、その女性と別れた後も、「2月14日は”もらう日”ではなく”贈る日”」という意識は消えずに残っている。

今年は4日前倒しでプレゼントした。「ヴァレンタインデーにチョコを贈る」のを根付かせたのは日本のチョコレート業界(Mで始まる有名店)だから、それには逆らおうと思いつつ、結局選んだのは、地元の洋菓子店で作っているトリュフチョコ。

こういったイベントの時に限らず、日ごろの感謝の気持ちや愛情を、物に託したり言葉で贈ることを、日ごろから心がけねばならないな、と反省している、ヴァレンタインディ3日前の夜であった。
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