<   2012年 12月 ( 16 )   > この月の画像一覧

あと6時間で2012年も終わりを迎えます。

今、お盆以来来れていなかった埼玉の実家で、雲のほとんどない青空を観ながら、そして年賀状印刷の追い込みをかけながら、この稿を書いています。

正直なところ、しんどい、と思うことが多い1年でした。
11月・12月に、ほとんど休みが仕事でつぶれてしまったのは、「とどめ」とも言える状況でした。

年明けから部署が変わるものの、今の仕事のフォローも残りそうで、もう少しだけ「仕事の高原状態」は続きそうです。

歌に向けることのできる時間も、すっかり減ってしまいました。
人に言うだけでなく、自分自身が、歌に向けことのできる「今 この時」を大事にし、家でも曲をさらう時間を、毎日少しずつでも取らなければ、周りの足を引っ張り「もう来んでええ」と引導を渡されてしまう。それを避けるためにも、自分にできることをやっていきます。

一年後の今頃に、「そういや去年はこんなことがあったっけなぁ」と笑って話せるよう、今、この瞬間を精一杯、そして丁寧に生きていく。愚直にそれを積み重ねていこう。

このBlogは、引き続き、2013年も自分のペースで「ひとりごと」を書き連ねてまいります。

今後ともご愛顧くださいますようよろしくお願い申し上げます。

そして、2012年、わたしの「ひとりごと」にお付き合い下さいましてありがとうございました。


katopon
[PR]
ザ・シンフォニーホールでの「21世紀の第九」。
5年ぶりのオンステになったが、相変わらず温かいお客様に支えられて終演しました。

心からの歓喜をホールに響かせ、「やはり歌えてよかった」という満足感で東京行きの新幹線に乗り込む。
そんな予定でした。そして第四楽章の途中、歌が始まるまではそれに向かって時が進んでいました。

さぁ、歌い出しだ、と立ちあがった瞬間、状況が一気に変わりました。


・・・器官の変な所に唾が入りこんだ。(T_T)


それによって変な引っかかりが起こり、歌うどころではありませんでした。
何とか声を出せるところはきちんと処理し、「この部分はやばいな」と思ったところは、奥義とも言える「エア合唱」(いわゆる口パク)を持ち出し、演奏として表に傷を出さないようにだけ配慮しました。

この演奏会にたどり着くまでに、仕事がドタバタで、前日の練習も出勤のために出られず、「何とかこの舞台にたどり着けた喜びを思いっきり出して歌う」ことは、リハーサルだけで終わってしまいました。

そんな、悔しさの残る演奏会でしたが、それでも歌いに来れて良かった。

上手くいかなかったことの多い2012年を締めくくるには、ふさわしい歌い納めになってしまったのでした。
[PR]
by h-katopon | 2012-12-30 17:58 | 音楽
12月23日に出演した、山口市・サビエル記念聖堂でのコンサート。

コンサート、というよりは、音楽礼拝の色彩が強かったかな、と、歌い終わってみて改めて感じた。

「12月 山口市はクリスマス市になる」

山口市は、この1ヶ月、この一言をキャッチフレーズにしていた。

記録が残っている中では、日本でクリスマスが最初に祝われたのが、山口市だという話。

今回の演奏会でも、そのことがMCで紹介され、共演した「ステラ」の子供たちが祭壇にキャンドルを捧げた後に我々がグレゴリオ聖歌を歌い出す。

その後は、切れ目もなく、寺漢・ステラの歌、そして、オルガン演奏と続き、どこか緊張感を帯びた空気が保たれた中で1時間版画過ぎて行った。

ともすれば、お祭り騒ぎだけで終えてしまうクリスマスの本来の意味を思い出させてくれた、そんな機会にもなった。

ギリギリまで諦めていたがオンステにこぎつけられた幸運に感謝したい。

何より、滑り込みでのオンステを受け入れてくれた寺漢の仲間たち、そして、今回寺漢を呼んでいただいた主催者の皆様に心よりお礼申し上げたい。

そして、同じような機会にもう一度オンステできるチャンスを与えていただけるなら、もっと意味のある演奏ができるよう、また自己鍛錬を積み重ねていかねば。
[PR]
by h-katopon | 2012-12-24 23:03 | 音楽
今日の昼間までは断念していた、23日の山口市・サビエル記念聖堂での演奏会。

実は事情により、物理的にはオンステが可能な状態になった。

12月に入って日曜に休みを取ったのが1日だけ。
23日をきちんと休日にしないと職場の協定に触れてしまう、という情けない事情によるものだった。

思いがけず歌えるチャンスができたのは、タイトルの通り、思いがけないクリスマスプレゼントとも言えるか。

でも、それ以前の問題として、OnとOffをきちんと使い分けてどちらもきちんとこなしていけるような一年に、2013年はしたい。

今日、職場で公示があり、異動が決定した。
転勤は伴わないのだが、仕事の中身がだいぶ変わる。

いい意味での変化となりますように。
[PR]
by h-katopon | 2012-12-21 22:54 | 音楽
私が今住んでいるのは、周南市の中でも比較的新しく開発された住宅地。

そして、この界隈では、クリスマスが近くなると家を電飾で飾ることが評判となっており、それを目当てによそから訪れる方もいた。

「いた」と過去形にしているのは、今年は様子が変わっているからだ。

昨年、一昨年は、12月の頭から電飾を点灯させる家が多かったのだが、今年はそれがない。

クリスマスまで1週間を切った今でも、点灯している家は1~2件ある程度である。


なぜだろう・・・。


噂でしか聴いていないが、以前、この電飾を点灯する家に対して補助金が出る、という話を聴いたことがある。市長が変わって、それが打ち切られたから辞める家が続出したのか、あるいは、駅前のイルミネーションがスタートを前倒しに、しかも今年は近くの公園まで含めた演出で人を寄せようとしたから遠慮したのか。

それとも、人に見せることより、家の中で自分たちが楽しむ方に重きを置いたのかな。

帰宅時間が遅くなった帰り道、そんなことを思いながら家へと車を走らせる、師走の夜であった。
[PR]
先日亡くなった、中村勘三郎さんの言葉として、Facebookで友人として繋がってる方が紹介してくれた一言。

「これを大事に書き留めておきたい」と思い、多くの方がネットの至る所に書いているだろうが、自分もここに記しておく。

「まずは、型を完ぺきに身に付けないと型破りは、できない・・・
型を身に付けないと形無しにしかならない。
型を身に付けてから破るから、それで初めて型破りになるのだ」


「型破りになれ。されど、型なしになるな。」とは、別の場面で耳にしたことがある。

歌舞伎のような伝統芸能だけではない。歌においても、仕事においても、同じことが言えるだろう。

仕事では、どうしても「今までのやり方を変える」ことに強く意識が行ってしまうが、先人が引き継ぎを受けながらやってきたこと、ルールとして決められていることをまずはやってみて、問題だな、と感じるところは、しかるべき手続きをとって変えていく。でも「変えたい」と思っていることは、「自分が面倒だからやりたくない」だけのことなのかもしれない。まぁ、そういう見方も大事だが。

歌においての「型」。それはやはり発声だろうか。こちらも、まずは師匠の教えの通りに、が基本になるだろうが、教える人の数だけ「型」もあるのかな、という印象がある。

「型」を身につける前に、自分が「いいな」と思える「型」に出会うこと。これが大事になるのだが、これはいくつかの「型」を試し(いいな、と思う人の歌い方を真似て)試行錯誤を重ねる中でやっていくしかないかな。
[PR]
平日で捌き切れずに週末つぶして仕事する事態。

そして結果として満足に歌えず、ついには出番をキャンセルせざるを得ない事態。

全ては、自分が招いてしまった事態。

この悔しさ、申し訳なさ、そして情けなさを、絶対に忘れない。

そして、また歌える時間を確保できたとき、

自分にとっても、一緒に集まる仲間にとっても、

無駄な時間にならないよう準備を怠るまい。

そして、30日の第九のオンステだけは何があっても死守せねば。
[PR]
by h-katopon | 2012-12-16 22:48 | 音楽
今年の世相を表す「金」に併せて決めようとした、自分にとっての一字。

年末に決めようと思っていたが、今週になって、「これで決まりだな」という一字が頭に思い浮かんでしまった。

それは「耐」。

歌の拠点の一つにしていたNCに、5月の演奏会以降行かれなくなってしまったのが一つの要因。

そして、今週に入って決まった、仕事上の事情により、23日の山口の演奏会へのオンステが微妙(限りなく不可に近い)になってしまったことが、とどめとなってしまった。

しかし、歌うこと自体を断念した訳ではない。


今年、天寿を全うされた、畑中先生に、サインに添えていただいた「いつまでも歌を」は、絶対に忘れまい。

その思いを新たにした、12月折り返しの週末であった。
[PR]
毎年恒例の、今年を表す一字。

2000年以来2度目に「金」が選ばれた。

やはり、オリンピックイヤー、ということもあるだろうし、金環日食もあった(選ばれた経緯を聴いて思い出した)。

でも、オリンピックは「金メダル獲得」の報より、「あと一歩」という結果の方が印象強い。

まあよい。後ろ向きな意味を持つ字ではないことをよしとしますか。


さて、いつものように私自身の今年の一字を考えてみる。

「これだ」という字が思い浮かばない。

そういう意味で、「迷」だろうか。

今はまだ振り返る間もなく突っ走らねばならない。

年末、帰省中の新幹線車内や実家に戻ったところで改めて振り返ろう。
[PR]
世界各国の映画館で12作が上演される今シーズンのメトロポリタンオペラ。

その3作目となる「テンペスト」を観に行ってきた。

シェイクスピア作品に基づき、若手作曲家のトーマス・アデスが作り、2004年に初演を迎えたこのオペラ。アデスは1971年生まれ(同世代!!)だから30代前半にして作り上げたことになる。その作った、という事実だけでも素晴らしいが、それがこうしてMETで上演されるのだから更に素晴らしいことである。

作品そのものの紹介は、私が書くよりはこちらのサイトをご覧いただいた方が参考になると思うので省略する。

オペラを観た(聴いた)機会は少ないのだが、一幕目が始まったところで「いわゆる名作オペラと呼ばれるものとは一線を画するな」と感じた。アリアの中での調の変わり方や、歌手に歌わせる音域など、「え、何これ!?」と思う場面がいくつも見られた。それをしっかり歌いきる出演者も見事。さすがMETの舞台に立てる方々である。

どの歌手も素晴らしかったが、一番度肝を抜かれたのは、圧巻だったのは、妖精アリエル役を演じたソプラノのオードリー・ルーナ。とにかく音域が高い。常にト音記号の五線の上を超えている。しかも、ヴォーカリーズではなく、ちゃんと歌詞が付されており、若干聴きとりづらかったがそれをきちんと歌おうとしているのだ。
役の設定上ベタに立つことはなく、場面によっては黒子の助演たちに支えられて宙を浮きながら横になって歌っている、という点でも「おぉー!」と心の中で歓声を上げながら聴いていた。


仕事や練習との兼ね合いもあり、今後どれだけ観られるかはわからないが、一流の歌手が歌ういい作品は、できるだけ逃さずに観ていきたい。帰り道、ハンドルを握って山陽道を走りながら、その思いを新たにした。
[PR]
by h-katopon | 2012-12-09 16:24 | 音楽