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2011年も、明日で6カ月を経過する。

「ゆく半年 くる半年」と振り返るにはちょうど良い節目の時期ではあるが、蒸し暑さで緊張よりも弛緩が先行するこの季節は、我が身と対峙するには辛い。やはり、そうした行為には冬のぴんと張り詰めた空気が似合っている。

あっという間に過ぎた、というのが正直なところである。

昨秋の結婚を機に、生活のリズムが少し変わり、その変化は身体には良い方向に働いている。

この好転をきっかけに、仕事や歌でもいい変化を望みたいところだが、そちらはまだ探っている状態。

引き続きGo extra mile.を合言葉に、1ミリでもいいから日々良くしていく姿勢で毎日を精一杯過ごしていくことにしよう。
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演奏会の告知以外、歌に関する話題はあまり書きたくない(書いてる位なら自分の練習したい)のだが、他にネタがないので歌に関する話題を。

コンクールや演奏会が近くなると、寺漢では恒例の「カルテット練習」(パート割によりトリオやクインテットのこともある)が行われる。

オンステを可否を決める試験(オーディション)ではないが、ステージにだれもが経験しなければならない。

傾向としては「自分がきちんと歌えているか」の対峙をしながら歌っている状態で、アンサンブルとしていい音楽が作れるケースは少ない。

かつて、バーバーショップコーラスのビデオを観た時、我々が練習と読んでいるものをpracticeではなくrehearsalと呼んでいるのが印象的だった。

そう。音が取れてるかを確認する場ではなく、本番さながらに音楽を作っていく場なのである。

社会人ばかり。しかも掛け持ち率の高い寺漢の場合、通常練習で全員がそろうことは、残念ながら滅多にない。

そんなときでも、その時々のバランスで歌い方を変えながら音楽を作っていく。そういう意味ではセッションをやっていく感覚に近いだろうか。

カルテット練習にしても、そういう感覚で皆が歌えるようになれば、団としての音楽も一皮むけたものになるかな。そんな期待を寄せている。

自分自身がセッションする能力を高めることは絶対に必要。それに加えて、「その場にいるメンバーだけで最良の音楽」を作るという気に、周りをさせることができるかどうか。それが課題だ。
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by h-katopon | 2011-06-27 21:21 | 音楽
21日は梅雨の晴れ間、22日は厚い雲に覆われながらも気温が上がり、いよいよ夏の足音が近づいてきたか、と身体に知らせてもらったような気がした。

暑くなると、身体がビールを欲してくるのは酒飲みの性、というところか。

普段、平日に家で飲むことはない(外で飲んで帰ることもほとんどない)私だが、今日ばかりはビールを買って帰って家で飲もうか、という衝動に駆られた。

そして、仕事帰り、残業時の腹ふさぎのお菓子を買いにスーパーに入ったついでにビール売り場に立ち寄った。

ちょっと悩んだ末、買うのはやめた。

要因をきちんと分析していないが、結婚して体重が7~8kg減った理由の一つが、飲酒の頻度が下がったことにあることは間違いない、ということを思い出したからだ。

そして、飲んだ後には何をする気力も残っておらず、せっかくの譜読み、読書のための時間が失われてしまうのももったいない。

お酒の楽しみは、やはり週末におあずけだな。
もっとも、次の週末、特に酒を飲む絶好のチャンスの土曜日の夜は、大阪でのNC練習の後、新幹線で広島に移動する予定だから、車中で晩酌か。
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by h-katopon | 2011-06-22 22:13
この先2カ月の間に決まっている出番のご案内です。

○宝塚国際室内合唱コンクール2011
 2011年7月23日(土) ベガホール
  ルネサンス・バロック部門:Men's Vocal Ensemble"寺漢"
  近現代部門:Guiness Singers

○アルティ声楽アンサンブルフェスティバル
 2011年7月30日~31日 京都府立府民ホールALTI
  http://www.alti.org/page/1301377788.html
 (Guiness Singersで30日に出演します)

○軽井沢合唱フェスティバル
 2011年8月19日~21日 軽井沢大賀ホール
 (なにわコラリアーズで20日のコンサートに出演します)

○広島県合唱コンクール
 2011年8月21日 広島市安佐南区民センターホール
 (Men's Vocal Ensemble"寺漢")

「怒涛の本番シリーズ 2011夏」といった状況です。

しかも、8月20日に軽井沢で歌ったら、その足で西に向けて移動し、翌日には広島でコンクールに出る、という強行スケジュール。 。(^^ゞ

どの出番も、万全の体調で心をこめて歌えるよう準備を進めています。

お近くにお住まい&お出かけで、ご都合が会う機会がありましたら、ぜひ聴きに来て下さい!!
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by h-katopon | 2011-06-20 22:37 | 音楽
仕事で生産性向上の検討や原価管理に携わっている影響が出てきているのだろうか。

たとえば、合唱の練習でも、歌う曜日や時間帯に寄って、集まる人、疲れ具合、体調などによって、アンサンブルの出来、個人の歌い方に生じるバラツキが、気になるようになってきた。

演奏は生モノだから、日によって出来の良しあしが生じるのは、致し方のないことだろう。
しかし、演奏する者は、最初からそれを逃げ道(言い訳)として持っていてはいけない。

プロだろうが、アマだろうが、他者に聴いていただくにあたっては、その時のベストな演奏を
する。これが、最低限実現せねばならないこと。忙しかった、とか、調子が悪い、なんて
ことに同情して下さる聴き手はいないと思うべきである。

日々の練習で心がけるのは、2つ。
ひとつは、今よりも1ミリでもいいからレベルを上げようとする努力や工夫を怠らないこと。
もうひとつは、コンディションによる演奏の出来のレベルのバラつきを縮小し、「どんなに
悪いコンディションでも、最低限実現できる」演奏のレベルを上げていくこと。

まずは、自分自身のバラつきをなくす工夫を考えねば。
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by h-katopon | 2011-06-19 20:41 | 音楽
断捨離、そうじ力、片づけ力・・・。

そうした言葉をキーワードにした本が目につくようになって久しい。

そんな本を読みながら、実践を始めていることがひとつある。

それは、仕事で持ち歩く鞄を、帰ったら一度空にすること。

前提として、それぞれの持ち物の定位置を決めることがその本には書いてあるが、私の場合、翌日持ち歩く鞄に入れ直す、場合によっては出してまた戻す、というやり方にしている。

それならば、入れっぱなしでいいじゃないか、と思うのだが、実は知らないうちに余計な物まで詰め込んでいて、無駄な物で鞄が満たされている、ということになりかねない。

私の場合、注意すべきは、本や雑誌。「これ、途中で読むかもしれない」と思って、気がつけば3~4冊詰め込んだままになっている。通勤はクルマだから、読める時間は昼休みのわずかな間しかないのに。

やはり、毎日のように鞄の中身を一旦出してリセットし、「明日使うのはこれ!」と決めること。これが大事なのだろう。

併せて、財布の中身も一旦リセットし、お金を並べ直す、要らないレシートを捨てる、等を心がけたい。
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職場の創立記念行事のため、出勤はしたが仕事はしなかった今日。
(本当はちょっとだけ仕事もしたが)

記念植樹、近くの海岸のボランティア清掃、地球環境にまつわるドキュメンタリー映画の鑑賞
などで一日を過ごした。

ボランティア清掃した海岸は、いつも写真を撮る場所。
会社帰りに再び寄ってみた。
今日は気のせいかいつもよりきれいに見えた。

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海を眺めながら、ふと思ったことがある。

こうした、会社設立○○周年、といった記念行事、日本以外の国の企業ではやってるのだろうか。
また、こうした場合に、日本人なら「うちの会社が・・・」などという言い回しをよくする、という印象がある。

○○の企業の○○という部署にいる。
日本人同士の会話なら、自己紹介のときにはこうした言い回しを使うことが多いだろう。

しかし、語学学校で英語のレッスンを受ける時は違った。部署名はどうでもよく、○○担当です、という
ニュアンスの言葉を使っていた記憶がある。自分自身がレッスン受けていた時には、中心が経理に
かかわる仕事だから、自己紹介はAccountantで通していたことは覚えている。

「うちの会社が○○周年」という言い方は、日本独特の言い回しなのだろうか。

ふとそんなことを思った、開店休業の月曜日だった。
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昨日(6月11日)の寺漢練習。

スケジュールの都合で土曜午前の練習に参加できなくなったコンマスI氏に代わり、ウオーミングアップを担当させてもらった。

10年間通った個人レッスン、そのメソッドを団として取り入れている合唱団での発声練習をベースに、これまで関わってきた合唱団でのウオーミングアップの要素も取り入れてメニューを組んでみた。

その場で「あ、これやってみよう」と思って入れたメニューもあった。

まだまだ試行錯誤の状態。

こうした形で発声を任せていただける機会は貴重である。

次の機会に備えて、伝え方やメニューの組み方など、色々と考えてみよう。
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by h-katopon | 2011-06-12 11:22 | 音楽
最近、一日の始まりのツイートに「今日も一日一生」と書き続けている。

「一日一生」は、大阿闍梨・酒井雄哉氏の言葉である。このタイトルの本を読んで、「この心がけを忘れてはならない」と思い、書き留めることにしている。

「おはようございます」以外の言葉を決まり文句にツイートしている人を、タイムラインで時々みかけている。今、書いていて思い出すのは、多摩大学教授の久恒啓一さんは「今日も生涯の一日なり」だ。

と、こう書いていて、思い出した言葉があった。
私がフォローしている方で「今日もていねいに生きる」という趣旨をツイートしてる方がいるのである。

思わずハッとした。

毎日を一生懸命に生きる、という思いは、少なからずあったが、「ていねいに」という感覚はあまり持っていなかった。

必死に、かつ大事に、今、という瞬間を生きていく。
ツイートの言葉を変えるつもりはないが、「ていねいに生きる」ことも大事にしていこう。
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今の自分の状況、特に、よいと思えない状況に陥ったとき、それを人や周りの環境のせいにしてしまう。

よくありがちなこととして聞くし、自分を振り返ってもそうである。

しかし、そうなる原因は、自分が自分の意思で受け入れたものである。例え無意識のうちにそうしてたとしても。

以前聞いていた、モチベーションを上げるためのオーディオブックで、最後に「自分を愛すること」を語っていた。

愛する、は言い過ぎかもしれないが、どんな状況に置かれたとしても「これは自分の意思で選んで起きたことなんだ。よし。」と、まずは受け入れること。

受け入れた上で、これまた自分の意思でその状況から一歩前へ抜け出すこと。

心からそれを実感出来れば、自分にふりかかる全ての事に、もっと覚悟を決めて対峙することができるだろうか。

こんなことを書きながら、子供のころに観ていたドラマのある台詞を思い出した。

更生施設に住み込んで寮長をやっていた人が言っていた言葉。

「俺は、自分の成り行きを人のせいにする奴は大嫌いなんだ」

この言葉を忘れずにいたい。
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