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広島市・安佐南区民センターで開かれた、広島県合唱コンクールに出場してきた。

これまで何度もコンクールに出ているが、支部大会(各地方で行われる大会)の手前の大会に出るのは、今回が初めてである。東京都大会は3度出ているが、勝ち上がったら直接全国だったし。

Men's Vocal Ensemble寺漢は、一般の部で1位となり、9月20日に開かれる中国大会に出場する権利を得た。

・・・とこれだけ書けば、いい成績をおさめた、という見方になるのだが、問題なのはその出場団体数である。

今日の大会、一般A(32人以下 下限は思いだせない)が2団体(寺漢はこちらで出場)、一般B(33人以上)が1団体の合わせて3団体。ちょっと寂しい。

出場団体の少なさは、昨年聴きに行った山口県大会でも感じていたが、広島がもっと少ないとは。
もっとも、コンクールに出ることだけが活動ではないので、あまり気にしない方がいいか。

中学、高校、大学を合わせて考えてみても、出場団体は一つを除いてみんな広島市内。他で活動する合唱団は、「わずか10分ちょっとの演奏をするためだけに広島まで出るのは」などと考えてしまっているのだろうか。

寺漢としては、まだ十分にのびしろを残しながら頂いた中国大会への切符。残りわずかな期間だが、個人としても、団としても、完成度を上げた上で次の出番に臨みたい。
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by h-katopon | 2010-08-29 21:05 | 音楽
業務時間終了後、職場の組合の支部大会があり、挨拶や答弁の不必要とも思える長さに疲れ切った仕事帰り。

さすがに自炊は面倒だったので、時々寄る外食チェーン店で夕食を済ませた。

この店は、比較的すいてるから、食後のコーヒーがてら、読書したり楽譜をチェックしたりする空間として使えるところ。今日寄ったのも、その意図があった。

しかし・・・

残念ながら、後から入ってきたお客さんの中にいた小さい子(推定3歳程度)が、店に入るなり大声を上げ、その後席に通された後にも、ときどき大声を上げて両親の会話を遮っている。

こういう空間では、多少の騒がしさは気にならない(むしろBGMに思えることもある)のだが、さすがに今日はだめ。イライラし始める前に退散しようと、残念ながら食事をさっと済ませて家に戻ってきた。

問題の席をぱっと見ると、その騒いだ子の両親は、自分たちの料理を食べ進めながら、我が子の方はあまり見ずに会話をしていた。

子供が騒いでいるのは、もしかしたら「もっと僕の方も見てよ!!」というサインだったのだろうか。
自分が親になったとき、そんな事態を回避してきちんと子供と向き合ってあげられるだろうか。

仕事中も、ドタバタしてるときなどに、声をかけてきた相手への接し方が悪いよな、と後から反省することの多い私。ちょっと気をつけなければ。
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ちょうど満月になった今日、その光に誘われるように、家の近くの海辺に足を運んだ。

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もう何度となく撮っている風景。

当地に移ってきた2年前、「何もない」ということにただ愕然としていた。

この風景に出会ったこと、そして、空に降り注ぐ星たちに出会えたことで、

「ここもなかなかいいな」と思えるようになってきた。

以来、心の洗濯のために、何度足を運んだことだろう。

この風景の間近に居を構えていられるのは、あと2カ月になった。

(残念ながら)転勤ではないのだが、別の場所に生活の地を移す。

心の故郷として、この風景をしっかりと焼きつけておこう。
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はじめは

純粋に「誰かのために」と思ってやっている物事

しかし

何かをきっかけに

その物事をやっている自分自身に酔ってしまう

その結果

自分自身は達成感があっても

相手とっては

期待外れどころか

迷惑になってしまうこともある

「これは 誰のため? 何のため?」の問いを

絶えず繰り返すことを忘れまい

自己満足の罠にはまらないようにするために
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母校の合唱団OBから突然送られてきたDM。

そこには、今まで知らなかったが衝撃的な事実が書かれていた。

団の活動休止。

しかも、2008年12月の演奏会を最後に、というものだった。

大学の男声合唱団があちこちで存亡の危機に立たされる状況は、10年くらい前から存在していた。そして、メンバー一桁でかろうじて頑張っているところも。

かつて、自らを「BIG4」と称していた、合唱では有力な大学でも、メンバー確保に苦しんでいた。

我が母校は、そういえばいつ頃からか他大学のメンバーも受け入れるようになっていた。そうこうしているうちに・・・、である。

男女共存の世にあって、また、作品としても混声の方が圧倒的に多いのが現実。しかし、どんなに珍しがられても(怪しまれても?)、男声合唱の灯を消したくはない。もちろん、ノスタルジーに浸ることなく、常にワンランク上の演奏を目指す姿勢を忘れずに。

男声合唱の魅力を感じてもらえる歌を、何とかして歌い続けていきたい。その思いを、改めて我が身に宿したのであった。
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by h-katopon | 2010-08-20 21:06 | 音楽
11日から始まっていた盆休みも今日で終わり。

実家、いずれ両親が入る墓のある京都を巡って、今日は光に戻ってゆっくりすごしている。

昨日、墓参りに京都・東福寺霊源院を訪れた時のこと。

私の両親の墓は、永代供養墓といわれるものだが、同じような石碑が、訪れるごとに増えている。

普通、石碑には、「○○家之墓」「○○家」などと刻まれているのだが、永代供養墓の石碑は、上に仏像が彫られ、その下に刻む文字は、石碑を立てる者の自由になっている。

我が家は「○○家」とオーソドックスなものを選択したが、「感謝」「ありがとう」「空」「千の風になって」など、他の石碑は多彩な言葉が刻まれている。

その中で、非常に気になった一つの石碑がある。

その石碑には、「生まれ変わっても あなたのそばで 花になろう」
ORANGE RANGEの「花」の歌詞である。(なぜかこの曲のこの部分だけは知っている)

最初に見かけた時は、失礼ながら「何考えてんだか。あとで後悔するのでは。」などと思ってしまったのだが、その脇を見てハッとした。恐らく夫婦と思われる2人の名が刻まれていたのだが、女性の名前は、まだ生きていることを示すよう、字が赤く塗られていたのだが、男性の名前にそれがなかった。

そうか・・・。

この二人がどういう方なのか、私は知らない。しかし、こうして建てられた石碑を見るだけで、そこまでに至る物語が想像できた。もしかしたら、この夫婦はまだ若い。そして、何か不慮の出来事で男性が命を落としてしまった。この「花」は、二人にとって、短いながら一緒に過ごした日々の、思い出の曲なのか、などと・・・。

こうして色々な物語の末に集まってきた魂が供養されている場所。そこに、手を合わせに来る機会がなかなか作れない我が家の魂をご一緒させていただいていることへの感謝。そんな思いも含めて、今回は手を合わせてきた。

写真は、霊源院を入ったすぐに置かれているお地蔵さんたちである。

境内に入るときには「よく来たね」と迎え、出る時には「またおいで」と優しく語りかけてくれているような気がした。


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気がつけば8月も上旬を終わろうとしている。

子供たちにとっては、夏休みがちょうど中間点を迎えるところ、そして働く人たちは、この週末から夏休みを迎えている方も多いことだろう。6日(金)・7日(土)と仕事で大阪に行っており、その帰りに乗った新幹線は、行楽地や故郷に向かう家族連れでにぎわっていた。ノイズキャンセリングホンが必需品となる。

私の夏休みは11日(水)から。あと2日の辛抱である。

そして、休みを使って帰省するので、実家に連絡を入れたところ、「もう落ち着いたので話すから」と父親が入院していたことを告げられた。

どうやら、胃にポリープが見つかり、それを取り除いたらしい。
癌になってからでなくて良かった。

見つかったのが癌だったら連絡を入れようとしていたらしい。さらに、1,000KM離れた所に住んでいる故の気遣いもあったのだろう。こちらとしては「わかったときに言ってよ」という思いもあるのだが。

便りがないのは良い便り、などとも言われるが、便りがなければこちらから便りを出して様子をうかがわねばならないな、と反省した次第である。
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4週連続で大阪・名古屋・広島との行ったり来たりをしていた週末。

先週の宝塚コンクールで一段落したので、この土日は光でゆっくりと過ごしていた。

本当は、地元近くでゆっくりと過ごすのが普通なのだろうが、土日に新幹線に乗っていないことに、なぜか違和感を覚えてしまう。

この感覚が、普通じゃないんだろうな。

もっとも、この先、歌の活動のウエイトが大阪から広島にシフトしても、新幹線を使う機会はそれなりにあるから、「週末に新幹線に乗る」のは、やはり日常のことになるのかなぁ。。^^;
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