<   2009年 10月 ( 10 )   > この月の画像一覧

「良い雰囲気の中で客席と演者が一つになったような時、真の落語はその中に存在します。そして終了と同時に消えてしまいます」


今日の朝日新聞の天声人語で、文化勲章を受けられる桂米朝さんの言葉として紹介されていた。

その一瞬のために精進するのが噺家だ、と言葉は続いている。

同じことは、我々が歌う場面でもあてはまる。

客席と舞台が一体となるような音楽を作りたい。そのためには、まず、舞台の上での歌い手がいい音楽を作るために一体となっている、と実感できる瞬間を作りたい。

そのためには、まだまだ努力が必要だ。自分も、周りも。
[PR]
遺された作品の少なさで注目度が高くなっているフェルメール。

そのフェルメールを紹介する際、ほぼ決まって出てくる「真珠の首飾りの少女」が、2012年に東京・神戸で公開されることが決まった、というニュースを目にした。

私がこれまでに観たフェルメール作品は、だいたい10点。4年前に神戸で1つ、3年前にやはり神戸で1つ、2年前に東京で1つ、そして昨年の夏に東京で7つ(だったかな。ここの記憶が確かでない)。

やりたい、と思ったことになかなか腰が上がらない私。いずれは「フェルメール作品を観る」というだけの目的で旅行を、とも考えているのだが、その前にこうして日本で観る機会ができるのは、非常にありがたいことである。

大阪を離れてから1年、美術館からもすっかり足が遠のいてしまった。今回のニュースをきっかけに、また美術展巡りをしようか。そんな思いが頭をよぎった秋の夜だった。
[PR]
気がつけば青天井に近い状態になっている書籍代。

徐々に押さえにかかっているところなのだが、つい、タイトルや表紙に惹かれて購入してしまうこともよくある。

今日買った本は、雑誌「男の隠れ家」の増刊。

「遺しておきたい『古典喫茶』」というタイトルについつい惹かれてしまった。

小学生の頃からのコーヒー好きである。家でリラックスして飲むのも好きだが、やはりいい雰囲気の中でいただくのがお気に入り。

紹介されている店は、ほとんどが東京都内。今の私には縁遠いところばかりだが、その中に1件、学生時代によく通った店が紹介されていた。懐かしさとともに、その店の空間に佇む自分の姿を頭に思い浮かべていた。

今も、コーヒーショップを読書空間として利用しているが、この雑誌に紹介されるような店は一切なく、専らチェーン店。たまには、こうした懐かしさのある雰囲気の中で本を読み進めてみたいな、と強く思った。

次の帰省のとき、東京で寄り道して喫茶店巡りしようかな。あ、年末年始だから休業している店もあるか。
[PR]
7:00過ぎに起床。前日の余韻、そして酒を残しながら、帰り支度を済ませて朝食へ。

いつものことながら、この旅でもしっかり飲み、しっかり食べたので、「朝食は要らないよな」と思っていたが、やはりバイキングでずらっと並んだ料理を目にすると自然と食べたくなってしまう。日本に帰ったら食事コントロールが必要だ。

9:00にホテルを出発し、故宮博物院へ。この時間でも人があふれ返っている。さすが日曜日である。こういう観光スポットにくるのは、平日にすべきだな、ということを再認識した。

広い館内を回ることを許された時間は、わずかに2時間。今回は、特定のものをじっくり見ることは諦め、ざっとでいいから一通りの展示物を見ることに主眼を置いて回った。彫刻、陶磁器、水墨画、そして書物。中国の長い歴史の産物が、本土ではなくこの地で一覧できる、というのが不思議な感覚だったが、どれを取ってもゆっくり見る価値のあるものたちである。2時間ちょっとのフライトで来られるから、おそらく北海道へ行くより早くたどり着ける。これはもう一度台湾に来るしかないな。

11:30に博物院を後にし、市内で昼食、あっさりとした鍋料理と一緒に出されたものは、なぜかチーズのはさまったとんかつ。「これで日本に帰るんだよ」というサインにも感じられた。

昼食の後、13時過ぎに空港に到着。大阪に戻るほとんどのメンバーには、ちょうどチェックインの時間だが、私が乗る福岡行きのフライトは17:35。もともと観光の下調べをしていれば、この日は朝から別行動で帰国、というプランだったがその時間を取れなかった。空港内の飲食店で、今回の演奏旅行のお疲れ様の一杯、とばかりに、台湾ビールをのみ、しばし休息、その後、お土産を調達し、予定通りのフライトで福岡へと飛び立った。

帰りのフライトは、やはり行きに比べると客席は多目。それでも運よく隣の席は空いていたので、それほどストレスも感じずに福岡まで帰り着くことができた。20:40に福岡空港に到着。帰国手続きのあと、空港内のシャトルバス、地下鉄を乗り継いで、22時に博多駅近くのホテルにチェックイン。台湾ビールも美味しかったが、やはり「日本のビールを飲みたい!」とホテル近くの居酒屋で、山盛りのサラダをアテに一人ビールで乾杯。

一夜明けた月曜日。持っている口座が都市銀行ゆえ、近くに支店のない普段にはできない通帳記入などをしたり、1月の防府での演奏会の関係でホールと連絡を取ったりした後、昼過ぎの新幹線で徳山に到着。歯医者で治療を済ませた後、16時頃に寮に到着。こうして今回の台湾演奏旅行は終わりとなった。


===

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
台湾で見聞してきたことからの雑感は、また折に触れてこのBlogでも採り上げて行こうと思っています。
[PR]
by h-katopon | 2009-10-19 21:37 |
10月17日 19:30(現地時間) 台北での演奏会が開演となった。

ステージから見えるところは全てお客さんで埋まる、という事前の情報にやや反し、客席にはところどころ空席が見受けられる。だがそれは関係ない、今、客席に座っておられる皆さんのためにも全力を尽くす。そんな思いで舞台に立った。

第1ステージは北欧の曲。そして第2ステージは日本の曲。リハと本番で音の響き方が変わる(ように聞こえる)のはどのホールでもお決まりのこと。このホールでも同じ現象が起きた。それはいいのだが、やたらと空気が乾燥している。リハでは全く気にならなかったことなのに・・・。
違和感は、前半2ステージを歌っている間ずっと続いた。

休憩が入り、後半最初の第3ステージはTMCの演奏。日本の合唱団にありがちな、「とにかく力を入れて歌ってます」という歌い方は全くなく、ハーモニーをきっちり決めようとする歌い方。好印象である。先の宝塚国際室内合唱コンクールで、総合一位を取ったのも納得である。

そして、このステージあたりから、お客様の反応が変わった。一生懸命に拍手を送って下さるのはもちろんなのだが、歓声まで聞こえてきた。こんなリアクション、合唱の演奏会ではなかなか見ないことだ。

最後の第4ステージは、再びなにコラが世界の歌を披露。第3ステージでの歓声混じりの大拍手は、ありがたいことにこのステージまで続いてくれた。最初の曲で、歌い終わらないうちに大歓声が巻き起こり、中断せざるを得なかった、というハプニングがあったものの、楽しく歌うことができた。このステージであった、自分自身のSoloやSoliは、ちょっと失敗したな、と感じる部分もあったが、次回以降歌うチャンスを奪取して、よりよい歌を歌うことにしよう。

そして、終演間際にもサプライズがあった。
TMCメンバーは、第3ステージで歌った後、客席で第4ステージを聴き、アンコールで再び舞台に上がって1曲一緒に歌うことになっていた。そして、その舞台に上がる時、我々一人ずつにプレゼントが!
花をモチーフにしたぬいぐるみと、自分の名前の彫られた、石(?)による印鑑であった。特に後者は非常にうれしかった。舞台を後にする際、手を振って見送ってくださったお客様にも感謝である。

22時前に終演後となった後は、飲茶の店で打ち上げ。さぁ、ビールで乾杯だ!と思ったが、円卓の前に出されたのは、なぜかお茶とジュース。実はTMCのメンバーが、バイクで移動してきている等の事情でお酒が飲めない方がほとんど、ということによるものだった。そういえば、台北の街中で見かけた飲食店では、アルコール類を飲む人を見かけなかった。もともとお酒を飲まない人たちなのだろうか。

ジュースで乾杯の後、上記の事情が説明され、少ししてから我々のためにビールが用意された。モンドセレクションで金賞を取ったことのある台湾のビール。日本のものとはやや異なる味だが、点心には結構合うな、という印象。TMCのメンバーとは、英語を使ってどうにか話をすることができた。中国語、やはり少しは理解できるようにしておこうか。

TMC、なにコラが2曲ずつ歌い合い、また一緒に歌う機会を持とうと固い握手を交わして、AM1:00頃にお開き。その後、TMCが用意してくれたバスでホテルに戻り、近くのコンビニでビールを買い込んで軽く慰労会をして、3:00に就寝。演奏の出来は悔やまれる部分もあるものの、とにかく台湾に来てよかった。そんな充足感が、布団と共にわが身を包んだ夜となった。
[PR]
by h-katopon | 2009-10-19 21:17 |
朝7時過ぎに起床。すぐに出かけられる体制を整え、まずは朝食へ。

洋・中の料理がそろったバイキング。味も非常によかった。あらためてこのホテルがレベルの高い、普段ではなかなか泊れないところだな、と感じさせられる。

出発までに時間があったのでホテル周辺を散歩。朝9時前だから、開いているのはコンビニとドラッグストア程度。それにしても台北では東京都心並み、いや、それよりも狭い間隔でセブンイレブンが立ち並んでいる。置いてある商品も、日本のものが多い。酒類はほとんど日本のメーカーのもの。しかし中国の現地法人で製造されたものがほとんどで、味も青島ビールに近い。やはり地元台湾のビールを飲んでみたくなった。

バスに乗ってホールへ移動。移動中は、1月に予定している演奏会のホール関係の話。本番前に別の出番の話が出るのは「??」な気分だが、大阪にいない分、こうして顔を合わせて話ができるのは貴重な時間である。台湾滞在中に、ホールから2度電話がかかっていた(台北では留守電を聞けず、帰国後に確認)。

演奏会会場となる国家音楽庁は、伝統的な建築物を模して造ったのだろう。鑑賞する対象として見ても興味深い。また「国立中正文化中心」と呼ばれるエリアにあって、まさに台北のシンボルとも呼べるような場所に位置している。ちょうど土曜日だったその日は、近くの広場でマーケットが開かれていた。また、軍の交代式を見るチャンスにも恵まれた。

ひとしきり周辺を散歩してから、リハーサルの開始。午前中は控室になっている場所(ここが広い。応接セットが2組配置されてるし)で練習。課題山積。そして、近くの小龍包の店で昼食。これが美味しかった。付け合わせで用意された春雨スープがあっさりしており、それが助けとなって小龍包を次々に口に入れたかな、という感じである。そういえば、春雨は数少ない私の苦手な食材。これを食べたというのは、私にとっては小さな快挙である。デザート代わりに出た、こしあんを包んだもの(中に餅が入っていた)も美味。

午後は舞台でリハーサル。広さは普通だが奥行きがある、という印象。声もよく響く。こんな立派なホールを用意いただき、しかもTMCの方々に何から何まで心配りをいただき、失礼な演奏はできない。だが現実は・・・、ということでリハが終わった後も控室で気になるところをチェックすることとなった。

本番前に弁当が用意される。日本で言えば丼もののようなシンプルなもの、しかし量が多く、しかも独特の甘さがあり、残す人もちらほらと。別途、ホール楽屋口近くにあったモスバーガーに駆け込む人もあった。そういえば、モスバーガーの味、日本と台湾で異なるのだろうか。結局試すチャンスはなかったが。

腹ごしらえをし、着替えも済ませ、舞台袖に向かう。そこにはなぜか、開演までの残り時間をカウントダウンする時計があった。そういえば街中でも、信号の脇に残り時間が表示されるのを見た。こちらの人たちはせっかちなのか?そんなことをふと感じながら、カウントダウンの時計はゼロになった。いざ舞台へ。

ここから先のことは、稿を改めます。
[PR]
by h-katopon | 2009-10-19 08:56
TMCが手配してくれたバスに揺られ、台北市街に向かう。

台湾では、車は右側通行。
車窓に広がる風景は、日本とも近いものを感じたせいか、対向車とのすれ違い方が逆だということに、やはり驚きを隠せなかった(知らなかっただけだが)。

道行く車は、日本製の古いモデルの多さが目につく一方、欧州の高級車も時折見かけられた。いずれの車も、あまり洗車はしていないのかな、という印象である。

また、目にとまったは、原付の多さ。交差点には、車の停止線より前に二輪車が止まるエリアが設けられているし、道の至る所に、原付用の駐車スペースが設けられていた。また、運転は少々荒め、といったところ。可能性は全くないが、もし台北で生活するような状況になったら、きっと怖くて車を運転できないだろうな。

バスに揺られて小一時間。台北での宿となる「王朝大飯店」(Sunworld Dynasty Hotel)に到着した。
伝統ある老舗ホテル、といった風貌の建物。しかも部屋も広い。窮屈な感じなく過ごすことができそうな部屋だ。日本のホテルとの違いといえば、やはり自由に使えるコンセントが少ないところか。

しばしの休憩の後、市内観光がてら龍山寺へ。ちょうど訪れたときには、大勢の市民が集まって、お経を読み上げていた。決して広くない寺の敷地内には、老若男女を問わず、お経を持参の上唱えている。この寺が、多くの市民の心のよりどころになっている、ということが肌で感じられた。

この観光の後、餃子専門店(?)での夕食を経て、TMCのオフィス(練習場完備)をお借りしての練習。自分自身にも、周りにも不安な要素が多々ある。翌日の演奏会に向け、頭にひっかかるものに思いを巡らせながら、TMCの方に案内されて、ナイトマーケットに出かける。とにかく狭い中を、店も、訪れる人もひしめき合っている。よくテレビで紹介されている屋台の雰囲気もよくわかった。「スペシャルなアイスを食べさせてあげる」と案内された店で、かき氷を食する。日本と違って、長い線状の氷が出される。シロップ(?)も甘さが抑えられており、比較的さっぱりしていたのが助かった。十分に台北の夜を堪能して、23時過ぎにホテルに帰着した。

一夜明ければいよいよ演奏会。いつもながら、「いい歌を歌えますように」と心でつぶやきながら、眠りについた。
[PR]
by h-katopon | 2009-10-19 00:45 |
この週末、なにわコラリアーズは、Taipei Male Choir(以下TMC)からの招待を受け、台北で歌う機会をいただいた。

台湾へ行くのは初めてのこと。また海外で歌うのは、13年ぶり2度目のこと。備忘録代わりに、演奏旅行日記などつけてみることにする。

(おそらく長くなると思うので、1日単位くらいで分割して投稿します。)

台湾へ行く、となって、まず悩んだのが、「どこから飛ぶか」。
調べてみると、台北行きのフライトは、広島、そして福岡から出ていることが分かった。近さでいけば広島だが、広島駅からシャトルバスで1時間。それなら光から車で広島空港まで、とも考えたが、どうも駐車場代も高そうだ。それに加えてフライトは1日1往復。そんな状況から、出国の地は福岡と決めた。

出発は10月16日(金)の10:50発のフライト。当日の朝、光から出ても間に合うのだが、やるとなると起床時間が5時前になってしまい、ここ1カ月の疲れを考えると寝坊の可能性が否めないため、前日に仕事を終えた足で博多まで移動することにした。

博多に足を踏み入れるのは、実に9年ぶりのこと。駅近くのホテルにチェックインした後、せっかくだから、うまいもの食べて景気づけ、とも一瞬だけ思ったが、翌日以降のことを考え、散歩がてら繰り出した中洲川端あたりでラーメンをすするだけに止めた。

そして出発当日。朝8時半頃までホテルでゆっくりし、地下鉄で2駅の福岡空港へ。国内の主要な空港で、福岡ほど街に近くて便利な場所はない、と思っていたが、それは国内線だけのこと。国際線のターミナルは、国内線ターミナルからバスで10分以上揺られなければならないのだ。やはり出発2時間前に着くように動いていてよかった。

国際線ターミナル前の駐車場は、24時間1,000円とのこと。今回車を停めた、徳山駅前の駐車場と変わらない。それなら、今度からは福岡空港まで車で行くか? いや、時間がかかりすぎるからその案は却下である。

利用者は関空に比べれば少ないだろうが、その分、出国や手荷物検査の窓口の数も少ないため、搭乗口にたどり着くまでのリードタイムは同じくらい、といったところ。

出国時の手荷物検査で、のどに吹きつけるスプレーを、「透明なジッパー付きの袋に入れねばならないが持っていない」ために処分するというミスを犯したが、予定の飛行機に無事に搭乗した。

今回利用するのは、キャセイ・パシフィック航空の便。台北を経由し、最終的には香港に向かうフライトである。人が大勢乗っているのでは、と思ったが、ウイークデイということもあり、乗客は少なめ。3人並ぶ列に、座っていたのは私一人だけであった。

機内では、練習の録音を聴きながら楽譜をチェックしたり、全然聴けていなかったPodcastを聴いたりして過ごしていた。そうしているうちに、2時間ちょっとのフライトは終わり、現地時間16日の正午過ぎに台北に到着した。初めて訪れる土地、しかも同じフライトに乗っているメンバーはいない(当たり前か)、という不安を抱きつつ、まずは後に到着するメンバーを待つために空港のロビーに腰を落ち着けた。

待つこと1時間半。次々とメンバーが台北に到着。また、アテンドしてくださるTMCのメンバーも12:40頃に登場。彼らが手配してくれたバスに乗り、まずは台北市内へと向かった。

こうして、台北での2泊3日の幕が上がった。
[PR]
by h-katopon | 2009-10-19 00:11 | 音楽
この3連休の間に行われた関西合唱コンクールで、YKが、一般Bグループで2位金賞を獲得し、札幌で行われる全国大会へ駒を進める、という一報が入った。

やはり、自分が関わった合唱団が、こうして良い結果を出してくれたのは、非常に喜ばしいことである。

演奏会を聴いて感じていた「これなら関西を抜けられるな」という予感は、的中した。

今回は演奏を聴いていないのでわからないが、おそらく演奏会のときよりは音楽づくりに磨きがかかっているだろうし、これからさらに磨きをかけていくところも、今のメンバーたちなら十分に分かっていることと思う。


昨年、岡山での全国大会でYKの活動に一区切りつけるとき、札幌では、競い合うライバルとして再会を果たしたい、と思っていた。残念ながら私の今の所属団体が今年はコンクール出場を見送ったので実現しなかったが、来年、再来年、と、彼らも、そして私もレベルアップをしていく中で、実現を果たしたい。

今年は、YKの皆の札幌での好演奏を、山口で静かに祈ることにしよう。
[PR]
by h-katopon | 2009-10-12 21:54 | 音楽
歳を重ねるごとに早く感じるようになった時の流れ

気づけば 不惑まであと一年となってしまった

三十代最後の一年だからといって 特別気負いも焦りもない

この点が 二十代最後の一年との大きな違い

自らに対しては 厳しく律し

人に対しては 太陽のような暖かさと明るさで包み込むように接する

淡々と できることを積み重ねていく

私がやっていくのは それだけである
[PR]