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2009年も折り返し点を迎える。

年越しの時と違い、休みになるわけではないので、ゆっくり半年を振り返る、ということは難しい。

しかし、今年は、人目をそれほど気にせずに一人たたずむことのできる場所がすぐ近くにあるおかげで、これまでよりはゆっくりと自分自身と向かい合える。

年初に「実現したい」と思って手帳に書き込んだことが、痛いほど目に飛び込んでくる。実現にほど遠いことが何と多いことか!

もちろん、全てに挫折したわけではなく、多少形を変えながら積み重ねていることもある。

こうした、「今、できていること」にも着目し、そこを軸に、できることを増やしていく。その姿勢で、何事にもとりかかることにしよう。

少々強めの風が吹く海辺で、「ま、いっか。少しずつでもいいから前に進むことだけ考えるか。」の思いを新たにするのだった。

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このBlogも、更新が停滞気味ですが、タイトルのごとく、自分のペースで、こうしたひとり毎をこぼしてまいります。2009年下半期も、気長にお付き合いください。
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合唱団ある 第23回定期演奏会
1,000名近くのお客様に支えられて無事に終了しました。

来てくださった方、日頃から支えてくださった方に心から御礼申し上げます。


歌い終わって、今思うのは、「終わったことを素直に喜びたい」こと、そして「次はもっといい歌を歌いたい」ということ。ここ最近、舞台を降りた時に感じているのは、決まってこの2つ。どうも納得はするのだが満足できるものではない。

この思いが強すぎると、過剰な現状不満足思考となり、却ってよくないのだろうが、自分に厳しくしなくとも、もっとできたことがいっぱいある。

自分自身がもっと上手くなり、かかわっていく合唱団にもきちんと貢献できる。その実現に向けた努力を、また積み重ねていかねばならない。

次の出番は、1週間後の広島での中学校の芸術鑑賞。今日と曲が重なることもあり、反省し、復習したことがきちんと生きてくる。合唱に関心を持ってくれる子を一人でも多く作れるよう、歌い手としての努力を怠ってはならない。
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by h-katopon | 2009-06-21 00:53 | 音楽
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仕事を上がってからの散歩道。

まだ空が明るく、また潮も引いていた。

そこで、いつものコースを変えて砂浜を歩くことにした。

距離にして、2Kmはあっただろうか。

歩きやすい場所もあるかと思えば、砂に足を取られる場所もある。

行く先はしっかり見えているのだが、思うように足が進まない。

自分の人生の歩みにも似ているな。

そう思いながら、波の声援を受けて一歩ずつ足を前に送り出した。

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NHKの衛星放送が20周年を迎えた企画として、過去に制作された番組が時々放送されている。

先日、偶然チャンネルを合わせ、釘付けになった番組がある。

12年ほど前に行われた、「詩のボクシング」。

「何それ?」と思ってしばらく見ていると、リングの上に谷川俊太郎とねじめ正一が登場。10R勝負(1R3分)で、それぞれの詩を読み上げ、勝敗を競うというもの。

9ラウンドまでは、それぞれがこれまでに作った作品から、相手の状況を探りながら作品を選び、単に朗読するだけでなく、いかにして聴き手を引き込むかを考えながら披露していく。

ねじめ氏パフォーマンスをいろいろ魅せていく一方、谷川氏は、ときおりテンポを変えてはいたが、とつとつと読み上げていきながら、聴き手を自分のペースに引き込んでいるのが非常に印象的だった。洗練された言葉でつづられた詩は、朗読の語り口を変えていく、という化粧をしなくても、伝わる何かを持っているのか。それとも、この語り方が最も聴き手の心に響くことをきちんと計算しているのか。おそらく両方当てはまるのだろう。

最終ラウンドは、即興詩での対決となった。

その場でくじ引きしたお題に基づき、3分で詩を作り、読みあげること。

「テレビ」を引いたねじめ氏は、苦し紛れに作り話を編もうとして途中で時間切れ。

一方、「ラジオ」を引いた谷川氏の即興詩が、見事なものだった。

完全には覚えていないが、次のようなことが織り込まれていた。


書いた文字は消すことができる

消しゴムで Deleteキーで

しかし 私がこうして話した言葉は 消すことができない


重く、そして深く胸に刻まれた一言である。
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先ごろ、アメリカのコンクールで優勝したピアニスト・辻井伸行さんを採りあげた今日の新聞のコラム。

光のない状態で生まれてきた彼の、母親が口ずさむ歌をおもちゃのピアノで弾いて見せたり、同じ曲で演奏家による違いを聴き分けたりする才能を見抜いた家族の愛に焦点を向け、今回の優勝を、「できないこと」ではなく「できること」を見つめ続けてきたご褒美、と記している。

「できないこと」ではなく「できること」に焦点を向けることは、これまでにもよく目や耳にしていたこと。

「そんなことわかっているよ」という人も多いだろう。しかし、その「できること」を、更に磨きをかけるための努力を愚直に続けられるかどうかが、輝きをもった人になるかフツーの人にとどまるかの境目だ、ということも言えそうだ。

コラムには、「驚き以上の感動を伝えるため、彼は勉強を重ねてきた」という師の言葉が併せて紹介されていた。

最近、地道な努力の積み重ねを怠り気味の私には、胸に突き刺さる数百字であった。
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私は、どちらかというと変化を嫌うたちなのだろうか。

スペアで持っているメガネが、車を運転するときに見づらい(視力と合っていない)ことがわかったため、新しいメガネを一本作った。

ここ何年か前から、細身でレンズの面積の小さいフレームが増えており、せっかくだから試してみよう、と店頭でつけてみたのだが、どうもしっくりこない。最終的に選んだのは、これまで使ってきたのとほぼ同じフレームレスのもの。その素材が樹脂ではなく金属になったのが変化したところか。

そういえば、服、靴、カバンなど、身に着けるものは、若いころに「買うならだいたいこのあたりのメーカー(ブランド)で」と自分なりの定番を決めている。

ちょっと気分を変えて、これまでに持っていない路線のものを選べば、それだけでもちょっとしたイメチェンが楽しめるのだが、どうしても「今までと同じ」ことに安心感を求めているような気がする。

身に着けるもの以外では、「1ミリでもいいから、今より1歩前進」の姿勢を持っている(つもり?)なんだけどなぁ・・・。
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あの時、ブラウン管に移されたあの映像は、この世の出来事とは思えなかった。

1度目の大学受験に失敗し、悔しさをかみしめながら予備校へ通っていたあの時、仲間もでき、時には政治や国際情勢に関する話題で盛り上がりながら、それぞれの目標に向け刺激し合っていた。

ちょうどそのころ、自分たちより少し上の世代の若者たちが、海の向こうで民主化を求めて集結していた。連日のようにテレビに映し出される学生たちは、蓄積されてきた怒りや不満を一気に爆発させんというエネルギーに満ちているように見えた。夜、歌いながら涙を流している者の姿が、今でも瞼に焼き付いている。

20年前の6月4日、そんな彼らを武力で鎮圧すべく、天安門の群衆の中に装甲車が飛び込んできた。

予備校へ行こうと支度している手が止まり、しばらくその場を動くことができなかった。


自分自身にとって忘れられない一年だったせいもあるだろうが、1989年の出来事には、今でも記憶に残ることが多い。年始めの昭和天皇崩御に始まり、この天安門事件(76年に起こったものと区別するため六四天安門事件と呼ぶらしい)、大スター美空ひばりの死去、ベルリンの壁崩壊・・・。

私自身は次のステージに上がれずにもがいているところだったが、周りは、一つの時代が終わり、新たなステージへ向けて動き始めていた。そんな時だったのだろう。
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旅行の目的地として、山口県で選べる場所、といえば、岩国(錦帯橋)、萩、秋芳洞、関門海峡、といったあたりだろうか・・・。

両隣の広島県や福岡県に比べると交通の便の悪さは否めず、それほど大勢の人が集まる、という印象はないが、だからこそ、落ち着いて旅情に浸れる気がする。まだチャンスはないが、せっかくの機会。県内をぐるりと巡る旅をぜひともしたいと思っている。

そんな、数少ない「人が訪れる場所」で、悲しい出来事が起きた。
秋芳洞近くの観光ホテルで、一酸化炭素中毒で死傷者が発生したのだ。

宿泊客には、修学旅行で来ていた、大阪の小学生もいたそうだ。小学校生活一番の思い出となるこの旅行が、別の意味で忘れられないこととなったのは非常に気の毒な話である。

そんなことを思っていたら、今度は、萩で新型インフルエンザに感染した人が発生した、というニュースが飛び込んできた。これだけ感染者が出てると「いずれは」という感も否めないが、よりによって県内の貴重な観光地で発生してしまったとは・・・。

これが、1か月前に発生していたら、「山口県内への出入りは自粛するように」という反応が起こっていたことだろう。今の時期ならどうなるのか。少しだけ気にしながら様子を見ることにしよう。
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それは、歌の練習を終え、広島から帰って来た時に立ち寄った近所のコンビニで時折見かける。

日曜の夜になると、時々ではあるのだが、酒類の置いてあるコーナーに、何も置かれていない場所が一列設けられるのだ。

良く見ると、これまで見たことのない商品名と値段が書かれていた。おそらく、日付が変わって月曜日から売り出されるものなのだろう。

この3月以降、麦芽100%となったキリンの「一番搾り」、サッポロの「焙煎生ビール」、アサヒの「マスター」が売りに出された時にこの状態を目の当たりにした。明日から売り出されるのは、エビスの新シリーズのようだ。最近、オリジナルのエビスの味が落ちた、という話を友人から聞いた(私は鈍感なのか、味の変化には気づいていない 爆)。こんどの新商品は、はたしてどうか・・・。
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