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「コールドリーディング」で有名になり、カリスマセラピストとして紹介されることの多い石井裕之氏が、折に触れて言っている言葉である。子供の頃、教会の牧師さんから聞いた話とのこと。

その、石井裕之氏の話を聴きに、日帰りで東京へ行ってきた。

この半年くらいの間に、何冊かの著作を読んだり、トークライブのDVDを見たりして、言っていることが受け入れられるな、と感じ、機会があれば是非ともナマで話を聴いてみたい、と思っていたところへ、今回のチャンスが到来した。

2000人分用意された席は、発売開始から割りと早い時期に完売。私のように、初めてこうしたイベントに参加する人、常連のような人、普段から石井氏と接点を持っている人など、様々な背景を持った人たちで、品川プリンスホテルのホール(普段は分割して結婚式場として使っているところ)は埋め尽くされた。

「モチベーションライブ」と名づけられた今回のイベントは、これまでのように、石井氏ひとりが話し続けるのではなく、石井氏と志を共にしているパーソナルモチベーターと呼ばれる人たちによる小演劇と、石井氏の解説という構成。笑いを交え、しかし大事なメッセージはきちんと込められた形で、予定の3時間はあっという間に終わった。

石井氏が語っていることは、決して難しいことではない。むしろ「なんだそんな当たり前のこと」と思えることの方が多い。しかし、その当たり前のことを、実際に行動に移すことが難しい。表題の「澄んだ川は浅く見える」は、このことに絡めて語られる。

「一歩前へ」の気持ちは、忘れずに持ち続けているつもりではあるが、どちらかというと腰が重い私。今回のモチベーションライブは、そんな私の背中を押してくれるものとなった。
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普段はPodcastしたニュース番組やOTTAVAのカフェ番組を聴きながらの深夜のウオーキング。

今日は、ちょっと気分を変えて、iPodを置いて、道すがらの音を楽しみながら歩いてみた。

川沿いで、時折聞こえる、流れる水の音に心安らいだり、虫の鳴き声がウオーキングを始めた頃と違うことに、季節が流れていくことを感じたり、わが町吹田の商業の中心ともいえる江坂の一角に田んぼがいまだ健在で、カエルが合唱しているのに驚いたり。

引っ越してきてしばらくの間は、建物ばかりで緑が少なく、季節感が全くないな、と思っていたが、それは、自分が季節の流れを感じさせるものを全く気にかけていなかっただけのことだったのだ。

そういえば、毎朝の通勤時、キレイな花で目を楽しませてくれた近所のお宅の紫陽花の花の色が、少しずつ褪せてきているのに気付いた。気がつけば、入梅してからもうすぐ一ヶ月。明ける日が少しずつ近づいていることを、花は告げているのかもしれない。川沿いには、ひまわりの花が咲いている一角もある。夏はもうそこまで来ている。
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今年に入って、とんでもない勢いで本に対する出費が増えている。

このBlogの片隅にあるネームカードに「Go extra mile(もう1マイル行こう)」と記しているように、常に「もうちょっと先に行ってみよう」という思いを忘れずにいるのだが、この半年くらい、藁にもすがる思いで、「ここから何か吸収したい」と思う本を次々に手に取っている。

全ての本が「当たり」だった訳ではないが、心にとめておきたい言葉が1行、いや1語でもあれば、良しとしている。

一時期は着る物に、またある時期はCDに、はたまたあるときは飲み食いすることに財布の紐を緩めていたが、今の出費の対象は、専ら本。最近、通勤電車でも読む気力が薄く、読まれる順番待ちをしながら家の中で重ねられている本も多くあるが、手に取ったのも1つの縁。自分の心の栄養になるものをどんどん吸収していこうと思っている。
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YK練習。今日は午前中に男声練、午後に全体練の2部練状態。

午後からの全体練習に、2人の見学者が訪れた。

そのうちの一人は、これまであまり合唱の経験がない方だったが、それでも一生懸命ついてこようとするひたむきな姿勢が、近くで歌っていて痛いほど感じられた。

最近、周りでうかがい知ることのできるのは、「誰かできる人について行く」という思いの色濃く出た姿勢(もちろん、自分にもこのきらいがあるので注意せねばならない)。そんな中、発声の仕方や出している音に課題はありつつ、とにかく一生懸命になって一緒に歌おうとしてくれる姿勢に、本来持ち続けていなければならない大事なことを思い出させてくれた。

そして、こうして合唱に関心を持ってくれた人たちを、うまく導いて、立派な歌い手になってくれることに貢献できる存在になりたい。そんな思いも私の中にできてきつつある。
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by h-katopon | 2008-06-22 23:04 | 音楽
レッスンを受けに、昼間、名古屋に行ってきた。

ここ2回ほど、師匠の名古屋行きとの予定が合わず、東京へ受けに行っており、名古屋に降り立つのは3ヶ月ぶりのこととなった。

どういう訳か、東京でのレッスンより、名古屋でのレッスンの方が、気持ちよく歌えている。

移動時間が2.5分の1~3分の1で済んでいること、会場としてお借りしている場所(実は個人宅)が非常に歌いやすいこと。いろいろと要因はあるだろう。


レッスンでは、もっぱら「古典イタリア歌曲集」からピックアップし、同じ曲に、何年かおきに繰り返し取り組むことで、「前と同じ歌い方」ということではなく、その時々に合わせた課題を見つけ、クリアしていく、というスタイルでこの9年ほどレッスンは続けられてきた。

そのスタイルに、若干変化が訪れた。

次に指定された曲が、古典イタリア歌曲から離れたのである。

「忘れないうちに」と、レッスン直後、名古屋のヤマハに寄って歌曲集を購入。

同じ曲に繰り返し取り組むことの大切さは分かっているが、こうして、新しい楽譜を手にすると、「よし、また頑張るか」という気分になれる。次のレッスンは3週間後。しっかり新曲をからだに刷り込んで名古屋に行くとしよう。
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by h-katopon | 2008-06-21 22:34 | 音楽
普段聴いているPodcastのひとつ、「社長Talk」で、ちょっといい言葉に出会った。

ゲストで話されていたのは、マンツーマン英会話でおなじみのGABAの社長。

文字通り、1対1でのレッスンを基本として「英語を話せるようになる」ための機会を提供しているこの会社。受講生の声を聴いた中で、うまく成果を上げている人の特徴として、こんな言葉を上げていた。


自分で自分のレッスンをプロデュースする。


「主体性をもって取り組む」と言うと、お道徳のような当たり前の話として、受け入れがたくなることもあるが、「自分でプロデュースする」という言い方には、少しワクワクする感じが持てる。

仕事にしてもスポーツにしても音楽にしても、「今日はどんな課題を持って取り組むか」を意識せず、一つ一つの動作をただ繰り返すだけでは、得るものは少ない(もちろん、ゼロではないと思うが)。

当たり前のことだからこそ、すぐに忘れてしまいそうな大事な話を思い出させてくれた。
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花のある風景に心の和む自分がいる。

この時期、家の周りでは、至るところに紫陽花が咲いており、仕事の行き帰りに見かけると、なんとなく心がほっとする。

仕事から帰ってきての、深夜の散歩でも、道端に咲く花々についつい目が行く。

特に予定を入れていなかった今日も、思い立って万博記念公園に行き、ラベンダー、菖蒲、バラ、紫陽花を愛でながら窮屈な日常を忘れる時間を過ごしてきた。


そういえば、私が子供の頃、父は日曜朝になると、決まってNHKの「趣味の園芸」を観、家から数キロ離れたところにある園芸センター足を運ぶのが常だった。

園芸こそしていないが、こうして多少なりとも花に関心を持つようになったのも、恐らく父の影響だろう。いい影響をもらったと感謝している。
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自分がしてほしくないことは人にもしないというのは品格ある生き方の基本である。

もとは孔子の教えだったものとして、坂東眞理子氏が「女性の品格」の中で書いている。

一方で、人からされて「嫌だ」と思うことは、実は、自分自身が気付かぬうちに他人にしてしまっていることが多い。
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約3ヶ月ぶりに京都に行ってきた。

国立近代美術館の「ルノワール・ルノワール展」と、ジェイアール京都伊勢丹の「アンカー展 ~故郷スイスの村のぬくもり~」の鑑賞が目的である。

絵を眺めること自体非常に久しぶりのこと。特にルノワール展は人の多さであまりゆっくり観ることは出来なかったが、久しぶりに、目に良いものに触れたような気がする。

振り返れば、私がこうして美術館に足を運ぶようになったのは、20年前のことだ。(前にも書いたかもしれないな)

高校の修学旅行で訪れた、倉敷の大原美術館で観た、いくつかのモネの作品とエル・グレコの「受胎告知」に魅せられた。

大阪に転勤してきてから、京都には何度も足を運んでいるが、ほとんどのケースで目的地になっているのは、通りを挟んで建っている、国立近代美術館と京都市美術館のいずれかである。

足を運んでいた当初は、まだ絵に関心を持った人が少なかったのか、私が、人が集まりそうのない展覧会を選んでいたのか、足を運ぶ人の数は少なく、「東京よりゆっくり観ることが出来ていい」などという間奏を持ったものだ。

しかし、それも一昔前の話。今では、ちょっと名前の通った画家の作品が来るとなれば、多くの人が殺到する。ゆっくり観ることが出来ないのは残念だが、関心を持つ方が増えたのは、嬉しいことである。

やはり、絵の世界に浸ろうと思ったら、平日に休みを取って観に来ないといけないのかな・・・。
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先週あたりから、仕事から帰ってきた後、小一時間ほど家の近くを歩いている。

以前は時折通っていたジムになかなか行かれなくなったかわりに運動量を確保する、たまったPodcastを聴く、外の空気を吸って気分転換する・・・いろいろと理由はある。

住宅密集地をすり抜けたり、川沿いを歩いたり、坂のあるところを行ったり、高速道路の脇を通ってみたりと、歩いてみるとコースによっていろいろと楽しめる。

帰宅時間がそれほど早くないから、家で大人しくしてからだを休めるのも大事なのだが、最近は重たい空気を背負って職場を出てくるため(空調の設定温度が上がり、不快指数が上がっているためでもあろう。地球には多少優しいのだが。)、それを、眠る前にどこかに置いてくる時間として、そして、何気ない風景を眺めながら自分を振り返るために貴重な時間となっている。

同じように歩いている人、ジョギングする人、家路を急ぐ人、酔っ払ってフラフラしている人・・・。すれ違う人も様々である。そして、すれ違うたびに「この人、どんなことを考えながら歩いて(走って)いるのかな。今日はどんな出来事があったのかな」などと想像してみるのも面白いものである。

どんなにしんどいと思って帰ってきたときでも、小一時間歩いて戻ってくると、少し気持ちが楽になっていることが多い。この歩いている時間は、文字通り忙しさに心を亡くしている私が、自分を取り戻すための時間と言ってもいいだろう。
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