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職場へ向かおうと家を出た直後、ゴーッという物凄い音に思わず上空を見上げた。

伊丹空港から飛び立った飛行機が、上空を旋回して東に向かおうとしているところだった。

私自身も時々飛行機に乗った際、「もしや」と思っていたのだが、ちょうど私の住んでいる場所が、羽田方面に向かう便のコースになっているようだ。

これまでも、時々、不意に空を見上げては、同じように飛び立っていく飛行機の姿を見かけていたが、音で気付いたのは今日が初めてだった。

まるで、「日曜日休んだ(欠航)した分も頑張って飛びます!」と上空から叫んでいるかのようだった。

もっとも、私が上空にみつけた飛行機が、その会社のものだったかどうかはわからないが。
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合唱団の練習に車で行くことがしばしばあるため、歩く機会が少なく、平日より運動しないことが多い週末なのだが(ジム行ってるときは別として)、この週末は結構動いたような気がする。

土曜日のNC練習、会場が家から2駅先の淡路、ということもあり、自転車で繰り出した。

家からの所要時間は20分強といったところ。多少飛ばしたこともあり、息は上がったが、この距離ならコンスタントに自転車使うことを考えてもいいだろう(天気が悪い日は別として)。

そして日曜日、京都合唱祭に出かけてきた。

かつて所属していた(今も形としては休団者として名前が残ってるが)BKの演奏を聴くのと、今度YKが歌う、グリーグの曲の講習会を受けるのが目的。合唱祭に関する所感は、既にあちこちで友人たちがアップしているので、ここでは特に触れないことにする。

この合唱祭の会場が、京都会館。阪急で河原町まで来た後の移動をどうしようかな、と思案の末、結局往復ともに歩いた。初夏の日差しと新緑(というにはもう遅いのかな・・・)に誘われてのウオーキングは、非常に心地よかった。

ジムに行って、周りで頑張ってる人たちの刺激を受けながら運動するのもいいが、こうして街の風景やそこに流れる風を楽しみながら体を動かすのもいいものだ。
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モノを買うときの話である。

時々読んでいる、経済評論家・西村晃氏のサイトで、氏が携帯を買い換えたときの経緯がつづられていた。

最初に行った量販店で、氏の意向より自分たちに入ってくるバックマージンばかり計算しながらの接客で、「このサービスいらない」と言う度に嫌そうな顔になった販売員。

そして、日を改めて訪れた、その携帯キャリアの直営店での、「是非次も彼女から買いたい」と言わしめた店員さんの対応。

それを読みながら、いつもではないが、自分も「誰から買うか」を多少意識しているフシがあることに気付いた。

例えば、服。買いに行く店は絞られているのだが、好印象を持った店員がいるときなら、必要なアイテムを買う以外に、持ってる服の組み合わせなどいろいろな相談に乗ってもらい、滞在時間が長くなる。それに対し、お目当ての店員がいなかったり、一度気分の良くない対応をされた店員がいるときなどは「今日は買うのをやめ」と引き返す。

まぁ、人の好き嫌いがはっきり態度に出てしまう私の癖なのかもしれない。

そういえば、いつ頃からか、買い物に行く時、「あれを買いに行こう」というほかに「あの店員さんに会えるかな?」という思いが働くケースが生じてきたような気がする。
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TBS系で日曜夜に放映される「情熱大陸」。

最近、それほど積極的にテレビを観てはいないのだが、この番組はときどき観ている。

今日現れたのは、シンガーソングライターのタテタカコ。

長野県飯田市を基点に活動している彼女。一言で言い表すとしたら「飾らない」「ストレート」などの言葉が当てはまるだろうか。

ライブで歌うときも、メイクは一切しない。近くを通りかかった女の子が、「ちょっと歌ってみますね」とピアノやキーボードを弾き始めて歌いだす、といった感覚。

しかし、彼女の口から、いや、心の底から発せられる歌たちは、聴いてるものの心をギュッとつかんで離さないのだ。

実は、彼女の歌との出会いは、約2年前に遡る。

仕事帰りに寄ったタワーレコードで、彼女のアルバムが視聴コーナーにあり、「聞きなれない名前だなぁ」と思いながら聴いてみたのが、彼女の歌とのファーストコンタクトになった。

変にコントロールしたりしない、素直な声が、心に鋭く突き刺さった。

視聴したCDは、すぐに私の財布の紐を緩める結果となった。
それは、どうやら彼女のファーストアルバムだったようだ。

彼女のライブ、一度聴いてみたいな、と心から思った。
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by h-katopon | 2007-05-21 00:27
政治家を評する際、「タカ派」と「ハト派」で分類されることがあった。

記憶は定かではないが、前者が強硬派、後者が穏健派だったと思われる。

そのハト。平和を象徴する鳥、という印象が非常に強いのだが、今の私にとっては、どちらかというと敵である。

私が現在住んでいるアパートの向かいに、鳩を飼っている家がある。
毎朝、鳩小屋の扉が開放され、鳩たちが近所を飛び回っている。

ただ飛び回るだけならいいのだが、しっかり落し物を残してくれるのだ。
アパートの駐車場に屋根がないため、その落し物はしっかりと我々住人の車にピタッとくっついてしまう。

また、角部屋の我が家の場合、彼らの抜けた毛のくずが網戸にひっついたり、風を入れようと窓を開けた際、その鳩小屋の匂いまで一緒に入ってくることがときどきある。

今の家での生活、基本的には快適なのだが、周辺の道が狭いことと併せて、この鳩の存在が、ちょっとだけ不快指数を上げる要因になっている。
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by h-katopon | 2007-05-20 22:40 | 住まい
電車を降りて、家に向かって歩いている途中、何か音楽が聞こえる、と思い、耳をすますと、かなり控えめな音で「Home sweet home」(「埴生の宿」と書いたほうがよかったか)が奏でられていた。

どこかの家で流しているのかな、と思ったが、どうやら街頭で流れているようだ。遠ざかったと思ったら、また音が近づいてきた。

時計は夜10時を指していた。

そういえば、と、ちょっと前にも、夜10時頃に歩いていたら、別の音楽が流れていたことを思い出した。

どうやら時を告げる音楽のようだ。しかし、こんな住宅街で、何のために?

そんな疑問を持ちながら、ふと、昔のことを思い返してみた。

私の生まれ故郷では、子供の頃、8:30、10:20、12:00、12:30、15:00、15:30に毎日決まってサイレンが鳴っていた。そして、日が暮れる頃には「夕焼小焼」の音楽が鳴り、我々子供たちは、遊びをやめて家に帰りなさい、と促されていた。

東京からちょうど50km圏内のベッドタウンながら、当時は農業を営む家が多かった。その人たちに時間を知らせるためのサイレンだったことに気付いたのは、大人になってからのことだった。そして、そのサイレンの音は、いつしかなくなっていた。市内のあちこちに分譲住宅が建つようになったのも影響しているのかもしれない。


ちょうど家に着く直前、大きな雷が鳴り、雨が降り出してきた。毎日定期的に訪れるものではないが、夏が近いことを感じさせる音である。これもまた、広い意味で時を告げる音と言ってもいいだろう、と思う。
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ここのところ、本から遠ざかっていた。

普段は読書空間に使っている、通勤電車の車内も、しばらくの間は楽譜が愛読書だった。

演奏会も一段落したところで、再び本を手に取っている。

ワタミフードサービス社長 渡邉美樹氏が書いた「使う!『論語』」である。

論語の引用はあるものの、必ずしもそれを解説したものではなく、引用に照らし合わせて自らの考えや体験を綴ったものである。

まだ読み始めであるが、いくつか印象に残る言葉があった。

私は人生をより充実させるには「夢の実現に向かって、死ぬほど努力しなければならない」と考えています。もう少し具体的に言うならば、「毎日を120%で生き抜く」ことで、今日という一日が輝くのです。

また、土光敏夫氏が残した言葉として、こんな一言が紹介されていた。

一日一生なんです。今日一日に全力を尽くす。朝、新しい命が生まれて、夜、死んでいく。一日一生の決心で生き抜くことです。

明日もこうして生きていられる保証は、実はどこにもない。厳しい生存競争にさらされているわけではないが、自分の命がいつ終わりを迎えるのかは、誰にも分からない。

そう考えると、ムダに使っていい時間など、どこにも存在しないことが次第に理解できてくるのだが、日常の忙しさに埋没してしまうと忘れてしまいがちになる。

「今がすべて」の思いで生きる。時折自問する必要がありそうだ。
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出社前、新聞休刊のため手持ち無沙汰だったので日曜日の紙面を眺めていたところ、コラムで、日比谷の三信ビルの取り壊しが始まったことを取り上げられていた。

再開発が進む中にあっては致し方ないのだろうが、是非とも残して欲しかった建物であった。

少し北にいったところにある、明治記念館は、周りを現代的なビルで囲んだりしながらも、昔の姿をきちんと残し、しかも一般に公開している。

こんな形を、三信ビルも取れなかったのかなぁ。。

淀屋橋・北浜界隈も、古くに建てられた建物が多く残されている。
折しもこの界隈は、2~3年前からビルの建て替えラッシュである。
気がついたら壊されていた、ということのないように、職場の行き帰りに少しルートを代えて、建物探訪をしてみたいものである。まずはそれができる気持ちのゆとりを取り戻さないと・・・
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by h-katopon | 2007-05-08 00:49
なにわコラリアーズ 第13回演奏会 大勢のお客様の盛大な拍手の中、無事終了いたしました。

御来場いただきました皆様、応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。

===

演奏会の後、「お疲れ様」の後、「本当に疲れてるみたいですね」と必ず念を押されてしまう。
今回もそうだった。

持ってる力は振り絞ったと思う。ただし、その上で残ったのは、「力を出し切った」という充実感ではなく、「まだまだだな」という思いである。

周りに対して色々と言っていかなければならない、そしてレベルアップに向けての働きかけをせねばならないのだが、その前に、やはり自分自身のスキルを磨かねばならない。

今回歌ったようなSoloでまごついたり、合唱に溶け込んでしまうようでは、まだまだどんな発言をしても説得力に欠けることは、自分自身がよく判っている。

明日から、また精進せねばなるまい。
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by h-katopon | 2007-05-04 21:43 | 音楽
新幹線で東京駅に滑り込む手前の風景は、私が頻繁に利用するようになったこの10年で色々と変わってきた。

旧都庁後に国際フォーラムができたり、汐留の貨物駅の跡地が高層ビル街になったり・・・

その汐留の、JRの線路より陸側に「汐留イタリア街」なるものができた。

もともとJRAの場外馬券売り場が早くから建てられていたところに、いくつかのビルが建てられている。今建設中のものもある。

イタリアっぽい雰囲気を出すために、路面もアスファルトではなく石が敷かれており、建物に使う色も制限されて、いかにもイタリアで見かけそうな雰囲気をかもし出そうとしている・・・らしい。

しかし、そういう場所が作られる必然性を感じない。

建物の看板にも制限が加えられているらしく、通りを歩いてちらっと見るだけでは、そのビルにどんな店があるのか、それともオフィスビルなのかがよくわからない。

また、このビル群が建てられた場所はアクセスが必ずしもよくない。新橋・浜松町どちらからも歩いて10分弱。名前を拝借している汐留の駅からも、まっすぐは来られないような場所である。

更に、例えば丸ノ内がブランドショップを多数設置したり、もうなくなったが「東京ミレナリオ」を企画したりして、殺伐としたオフィス街を「人の集まる場所」に変えたのと同種の工夫が、今のところは見られない。工夫をしたところで、「こんなところに来なくても銀座や丸ノ内で用は足りる」となるのだろうが。

この一角にある、三井ガーデンホテルが、一般のホテルより少し健康に気遣ったメニューで食事を提供してるなどして頑張っているのが唯一評価できる点。このホテルは、また泊まってもいいかな、と思えるところだった。
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