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今日の新聞で、電動注射器が開発されたという記事を見た。

先端を体に当て、スイッチを入れると針が自動的に刺さる仕組みであり、針が見えにくいことから、子供に恐怖感を与えない効果を狙っているようだ。

同じような形で、岡野工業の名前を日本中に知らしめた「痛くない注射針」が開発されたり、そこまでいかなくても、針のサイズを短くしたりなどの工夫を、製薬会社や医療機器メーカーは絶やさない。

「注射」=「痛い」「怖い」という公式は、いずれ消えていく日が来るだろうか。
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by h-katopon | 2006-09-28 01:02
ここ何年もの間、旅には必ず歌が絡んでいる。

好きなことをやっていられることは有難い事だが、場合によっては行った先でも練習がみっちり組まれていて、本当に歌うだけで帰って来る、という、人が聞けば「勿体無い」と返されてしまうような旅も何度かある。

11月に行く、熊本も、ともすればそんな旅になってしまいそうである。

旅の目的は、コンクール出演。

これまで、自分の出番が終わったら翌日の仕事に備えてすぐに帰る、という形が続いたが、今年は、翌日に休みを取って(とりあえずスケジュールには「休暇予定」と既に書いてある)、コンクールも結果発表まで聞き、翌日は周辺をぐるりと廻って帰ってこようと画策している。

阿蘇に行くか、天草に行くか、それともあてもなく市内を歩き回るか・・・。こうしていろいろ考えてる時間が一番楽しい、とも言えそうだ。

歌抜きの旅は、ファスティング体験して以来1年半ご無沙汰しているが、こちらも半ば強引にでも時間割いて行っておかねば。
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by h-katopon | 2006-09-25 22:17 |
新聞広告で目にした瞬間「あ、これ買っとこう」と決め、その日のうちに購入したのがこの本である。

「フェルメール全点踏破の旅」(朽木ゆり子 集英社新書)

作品の数が少ないことで知られているフェルメール。その作品、展示されている場所などを紹介したものである。

高校の修学旅行で行った倉敷の大原美術館ではまって以来、時間があれば美術展に足を運んでいる。ただ、知識はほとんどつけておらず、会場でぼーっと眺めては「あ、これ気に入った」「これいまいちだなぁ、なんでこんな作品に人だかりができるんだ?」などと勝手に品評会やって帰ってくるのが常であった。

そんな状態のため、実はフェルメールのことは、最近まで全然知らなかった。名前さえも。

知るきっかけとなったのは、昨年神戸で開かれたドレスデン美術館展。展示室の終わりの方に飾られていた、決して大きくはない1枚の絵に心を奪われた。フェルメールの「窓辺で手紙を読む女」。これが、私にとってのフェルメールとの最初の出会いである。

その後、同じく神戸でアムステルダム国立美術館展で持ってこられていた「恋文」と出会い、今のところ実際に目を触れたフェルメール作品は、まだ2点である。

しかし、改めてこの本を読んでみると、認識していないだけで、じつは観ていた可能性のある作品が何枚か出てきた。

ウイーンの美術史博物館にある「絵画芸術」
ロンドン・ナショナルギャラリーの「ヴァージナルの前に立つ女」と「ヴァージナルの前に座る女」
ルーヴル美術館の「レースを編む女」と「天文学者」

うーん、やはりこれはもう一度フェルメール作品に会いに欧州旅行をしなければならない。

仕事が変わったので実現の可能性は薄れたが、アイルランドに転勤、ということになっていたら、時間が許せば各国の美術館めぐりにオフを使う、と考えていたことだろう。何せ、卒業旅行は美術館めぐりと決め込んで、ふつうの旅行ガイドなどほとんど読まず、当時連載されていた「La Muse」(だったかな?毎号1つの美術館特集して作られた雑誌 全50冊)の必要なところコピー・製本して自分用のガイドブック作ってたのだから。

京都で開催されるルーヴル美術館展に、フェルメールも来てるかな?
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会社の寮を出て、今の住まいに引っ越してから1年が経過した。

思い立ったら、後先を考えず即行動に出てしまう私。「寮を出る」と決断して4日後には物件を決め、その1ヵ月後に寮を引き払う、という、今から考えれば無謀なことを、しかもYK演奏会絡んでいる時期によくやってものだと呆れもしたが、やはり、住む環境を変えることは私にとっていい気分転換になってたと思っている。

とはいえ、普段あまり家にいない生活。実は1年経っても引っ越したままの状態で整理しきれないものも色々とあった。

この3連休で、所用があるため両親が泊まりに来ていた。そこでモノの整理やら料理に関することやら、普段の生活でヒントになることを色々とアドバイスもらい、どうにか「引っ越したままの整理できてない状態」からは脱出できた。

ささやかに1周年を祝おうかな、と思ったが、NC合宿での疲れを取ることが先決なので、コーヒー淹れるだけにしておこう。
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by h-katopon | 2006-09-18 22:36 | 住まい
前出のWEDGE9号に「ムダとり」で時の人となった山田日登志氏が、「ムダとり山田さんの世の中に喝!」という連載で「働きがいを奪う無人化工場を礼賛するな」と題うってこんなことを述べている。

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どんな優秀な機械を作っても、機械が自分で起動し、故障を直し、製品を運び、顧客の必要量に分けることが可能になるとは、とても思えない

同じ製品をできるだけ大量に作って、世界のシェアをもっともっと伸ばしたいという経営者がまだまだ多いことに驚きこそ感ずる

これ以上の新製品は、わが社以外にできないのだから、この製品を出来るだけ安く長く提供することこそ、世界の人間様を幸せにすることであると、この日進月歩の時代に思えることが不思議である

良いものを効率よく作る、という欲求を満たすものが機械。それは世界中の街角を工業製品で満たしたが、先進国(この言葉も適切ではないか)ではエネルギー問題と環境破壊、低賃金労働を海外に奪われ、働きたくても働けない失業者と、自分の意のままにしか働かないフリーターを多くして、貿易赤字、財政赤字を垂れ流している。そんな国が経済大国と呼ばれているのが不思議。

さらに、その先端を走る企業が、ますます市民の働く場所をなくし、分業と標準作業で働くことを必要としないくなった市民が生活保護と補助金でしか生きられない社会を気付くことこそ、工場の無人化や自動化が行き着く先なのか、とキャノンやヤマザキの話を聞いて感じた。

人間はどんな教育をしても天才ばかりを育てることは不可能

玉石混交お互いの能力を認め合い共に尊敬しあって生きてこそ、楽しい社会を築ける。

私たち市民を大切に使い、働きがいを与えてくれる人こそ、21世紀の経営者と呼びたい

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「効率化ありき」というだけの考えの持ち主ではなく、思考の根底に「一番大事なのは、やはり人である」ということがあるのか、と、今回の連載で始めて知った。

顧客のニーズに柔軟に対応しながら作る品物を変える、そして、作るにあたっては、無駄な設備投資をせず、常に「もっと生産性を上げられないか」を考えながら作業にあたる。その対応力においては、どんな高性能な機械より人間が勝る、ということなのだろう。
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トヨタの成長を揺るがすのは、GMやホンダなどのライバルではなく、内部が抱える品質問題

根本の問題はコスト優先の開発期間の短縮によって、品質を作りこむために欠かせない開発段階での技術者間のすり合わせが疎かになっていないかということ

設計段階での作りこみが製品コストの7割以上を占める

設計のデジタル化により、開発段階で本来人間がチェックすべき耐久性検査などもコンピュータで済ませることが増えている。

開発場面は設計者の思い入れと想像力が求められる世界だった

デジタル化による立体設計によりスピードは格段に速まったが開発者としての思い入れを線に込める時間が少なくなった

品質問題が起こる原因はさまざまあるが、設計者が意図しない部分で起こる不具合が後々の問題を大きくするケースが多い

ディスカッションという顔を付き合わせる場で「何が欠けているのか」「どうして見落としたのか」という『気付き』を若手開発者に植え付けることが重要

品質劣化や不具合は起こらなくて当たり前の世界。品質維持を可能とするのは地道な努力の積み重ねであり、時間と労力を必要とする。しかもそこに製品を開発する人間の情熱がなければ、品質は維持できない。

効率とスピードを重視し、電子化に偏って開発現場の軽視と人間軽視が続く限り、品質問題はまだまだ拡大しそうだ。


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製造業で働く者としては、身につまされることが多く書かれている。
(だからこそ、この記事に目が止まったともいえる)

やはり、最後は人が要なのか、と改めて考えさせられた。

同じことを考えさせる記事が、この雑誌の別の記事にあった。

別の雑誌では、その「人」が全く大事にされていないと思える事例が紹介されていた。

人に関わる問題、じっくり考えてみることにしよう。自分の仕事にもつながりそうだ。
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数年前「淀屋橋ウエスト」というプロジェクトが立ち上がった。

いわゆるオフィス街で、仕事が終わると皆こぞって梅田や心斎橋・なんばにくり出してしまうため、夜はひっそりとするこの界隈に新しく色々な店を作って人を引きとめようという策である。

なぜウエストか、というと、御堂筋の西側に展開しようとしているから。

立ち上がった当初は、テレビでも紹介されていた。

蓋を開けてみると、確かに新しい店はそれなりに出来ている。しかし、リピーターになろう、と思えるほど魅力的な店はほとんどない。既に新しい店に変わっているところもある。

で、肝心な「夜の人口減少は抑えられたか」というと、私が仕事帰りに歩いている感覚では、応えはノー。プロジェクトが立ち上がる前とほとんど変わっていないような気がする。

私自身、同僚や友人と「じゃ、ご飯食べて帰ろうか?」と誘った(誘われた)とき、行き先でまず思いつくのは、残念ながら淀屋橋ではなく梅田である。頭から仕事を切り離すために、まずは物理的に離れたい、ということもあるのかもしれない。

それにしても、この「淀屋橋ウエスト」、既に死語になっているのではなかろうか。
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私にとって、日頃の情報管理に適しているのは、デジタルツールでなく紙の手帳だった。


これまで、PDAを何種類か買って試してみたが、結局それらの使い道は、外出先でのメールチェック以上には発展しなかった。やはりインプットに関しては、手帳開いてペンで書き込む、あるいはポストイットでメモしたものを貼り付けておく、これが私には一番よかった。


現在は、リモートメールのサービスがあるから携帯でも自宅アドレスに送られてきたメールはチェックできるので、PDAの出番はさらに減ってきた。PDAのちっちゃなキーボード叩くくらいなら、へたくそな字でも手帳に書いたほうが、後で見直すときに楽だと感じるのである。一覧性がある故かな?


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現在使っている手帳は、A5サイズのもの。経済評論家の西村晃氏の手帳術に関する本を読んで実践しているものである。


手帳に書き込む、というより、ポストイット(良く使うのは縦2.5センチ×横7.5センチサイズのもの)に書いたメモを貼り付ける台帳としての役割の方が大きい(もちろん確定したスケジュールは直に書き込んでいくが)。


ちょうど9月に入り、2007年版の手帳が店頭に並ぶようになり、私も昨日購入してきた。これまで書き溜めていったメモは、これから3ヶ月の間に、若干の整理の後、来年の手帳へと引き継がれていくことになる。


2006年はまだ3分の1残っているが、2007年への準備も、少しずつではあるが始まっている。
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著者である石先生は、私が大学を卒業するときの母校の学部長だった方。

ゼミは別の教授についたし、講義も取ったことがないが、入学間もないころのオリエンテーションで「とにかく 問題意識を持ちなさい」と言われた一言だけは良く覚えている。

「大衆課税論者」などとも言われていた先生も、気がついたら政府税制調査会の会長として、実際の政策立案の場に。そして、小学校高学年~中学生に向けたメッセージの形で(しかし全ての世代の人に向けて)税制のことを噛み砕いて解説したのがこの本である。

「税金は悪だ」というのが一般的な見方になっているようだが、まずは手にとって改めて理解しておきたい内容である。

もっとも、税制うんぬんを議論する前に、政府・地方公共団体などによる無駄遣いをしっかり排除してもらいたいものだが。
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日経産業新聞にこんなものが紹介されていた。

「USB端子のついた歩数計」

パソコンに接続して歩数や消費カロリーのデータを取り込めるだけでなく、同時発売されるソフトと併用して、「健康参照年齢」なるものを算出し、健康管理に役立てることができる、という仕組み。(ま、典型的な「抱き合わせ販売」ってやつなのだが)


発売しているのは、スポーツクラブ。クラブでのエクササイズのデータとの連携も可能とのことで、いくつかの施設で試行中とのこと。で、そのスポーツクラブとは、実は私が7月から通い始めているところなのである。早速試してみよう、と思ったが、残念ながら私が行っている施設ではまだ導入されていないのだった。

もっとも、今は陽気の変わり目で疲れがどっと出た挙句に喉を痛めているので、休養を優先せねばならないのだが。
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by h-katopon | 2006-09-06 23:01