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外食産業における競争激化が、企業の社員食堂にも及んでいるという話題を昨日のWBSで取り上げていた。

キーワードは、健康維持。生活習慣病対策を意識したメニューを用意するところも見られる。

そういったメニューを3ヶ月続けて摂り続けた結果、コレステロール値が下がった、という効果も出ているようだ。

契約が固定的、と見られる社員食堂だが、業者を入れ替えている、というケースも結構あるようだ。競争に勝ち抜くために「いかに低コストで食材を仕入るか」という点に、まずは焦点がいきがちだが、お客様(この場合は従業員)の健康に気を遣う、という付加価値は是非とも置いてほしい。

振り返って我が職場。そういった意識はまだ少ないな、と、塩気が強く、舌がピリピリする(化学調味料たっぷり と推定される)社員食堂の定食を食べながら思うのだった。
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by h-katopon | 2006-05-31 22:58
兵庫県立芸術文化センターへ、クリスチャン・ツィメルマンのリサイタル聴きに行ってきた。
(NC練習休んでごめんなさい。でも実は喉の痛みも取れてないんです 泣)

ポーランドに生まれ、1975年 18歳のときにショパンコンクールで優勝したツィメルマンだが、私がその存在を知ったのは、ここ半年くらいのことである。コンサート行き倒している友人から偶然名前を聞いたこと、また1月にサントリーホールで聞いた、昨秋のショパンコンクール入賞者ガラコンサートの際、優勝者のブレハッチが、「75年のツィメルマン以来、30年ぶりのポーランド人優勝者」として紹介されていたことがきっかけである。

今日のプログラムは、こんな感じであった。

・モーツァルト ピアノソナタ第10番
・ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ
・ショパン バラード第4番
<休憩>
・ショパン 4つのマズルカ
・ショパン ピアノソナタ第2番「葬送」

モーツァルトは、滑らかなタッチに惹かれただけでやや印象薄。ラヴェルは、「フランス作品ってしゃれた和音使うよな」という点が気になったくらい。やはり、印象に残ったのは、ショパンでした。

先月聴いたキーシンに比べると、迫力はいまいちのような気がするが、最後までゆったりした気分で聴かせてもらいった。10数箇所の公演で、弾き終わったら即移動なのだろう。アンコールはなく、きっちり2時間で終演を迎えた。

今日のリサイタル、どうしても色々な意味でキーシンとの比較、という形で見てしまう。
絶対的な信頼を置く師の愛情あるまなざしに支えられ続けているキーシンに対し、ピアノだけでなく、音楽全般、さらには音響工学などにまで見識を広げているツィメルマン。キーシンが情熱をそのままピアノにぶつけてくるのに対し、ツィメルマンはどこかで理性を保ちながら弾いている。

どちらも甲乙つけがたいピアニストであるが、心に残る演奏をしたのは・・・やはりキーシンかな。それだけに、腰痛を患ってアンコール10曲(!)中3曲聴けずにホールを後にせざるを得なかったあのときが悔やまれる。
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by h-katopon | 2006-05-27 22:34
営業などの仕事で、社外の人に会う機会の多い人なら、相手に良い印象を持ってもらうため、服装やらプレゼンテーション能力やらといった「見せる」ための術を身につけることが求められる。

しかし、私のようにずっとデスクワークをやっていると、そういう意識はなかなか働かない(働かせようとしないだけか)。ときどき服装に変化つけたときにそれを指摘され、「あ、やっぱり見られているんだ」と気付けばまだ良いほうである。

部署の変わった今月からの仕事は、部門との戦略を会社トップや他部門に開示、必要に応じてアピールすることが多い。まさに自らの部門を「見せる」役割である。ちょうど良い機会である。仕事を通して、自分自身を「見せる」術も、遅まきながら身につけていくことにしよう。
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普段、私が買い物で利用しているスーパーは、自宅から徒歩10分圏内にあるライフである。
(このエリアに2店舗ある)

午前0時まで開いている、というのが、帰宅が遅い私には助かっている。

ただ、一人暮らしの客がエリアに少ない(あくまで推定)のか、肉や魚の1パックの量はやや多めだし(だから2回くらいに分けて使うことが多い)、野菜も、何度にも分けないと食べきれず、あわやダメにしてしまいかけたこともある。

今日の仕事帰り、久しぶりにJR大阪駅構内のいかりスーパーに寄ってみた。

なんとなく「高いんちゃう?」と敬遠していたが、今日見た感じでは、野菜はライフと比べて値段に大差がないような気がした(肉は、質が違うのだろう。いかりスーパーの方が高めだった)。

しかも、一パックの量が少ないので、なんとなくお一人様の味方をしてくれているような気がした。

もちろん、このスーパーの全店舗がそうなってる訳ではなく、立地する場所によって品揃えなりパッケージのサイズを変えたりしていることは間違いないであろう。

仕事帰りの寄り道コースに、いかりスーパーも追加することにしよう。
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by h-katopon | 2006-05-25 00:32
5月24日の日刊工業新聞で、05年度「ものづくり白書」の概要が紹介されていた。


書いてあることをつまみ食いすると、↓のような内容だ。
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日本国内が製造業のイノベーション創出拠点として重要な役割を果たしている。
(特に、中堅、中小の部品、材料企業)

研究開発の領域が広がり多岐にわたる科学的知見が必要。そのため、産官学連携などの取り組みの重要性を強調している。
しかし、そのためには、それぞれに残っているセクショナリズムをなくさねばなるまい。

07年問題(団塊の世代が定年を迎え、技術やノウハウの継承の面で生じる問題)については技能継承問題を先延ばしするのではなく、技能の教え手としての活用が重要。

非正社員、外部労働者については、能力開発の機会やキャリア形成の点で問題。
このため、労働者の能力開発に力を入れる請負事業者も出てきている。

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白書が公表されるのは、来月になってからになると思うが、この記事が要旨だとしたら「今更何を言うか」と言いたくもなる。白書の本文には、もっと突っ込んだ分析なり提言なりが書かれていることを祈りたい。

それにしても、日本は、学者の世界も、官庁も、企業も(特に大企業)セクショナリズムの塊といってもいいだろう。連携・異業種交流・異文化交流など、既存の枠を超えろという提言はこれまで何度となくされているが、結局誰にも響いていないのかな、と言わざるを得ない。
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by h-katopon | 2006-05-25 00:05
実は、この週明けから、喉の痛みがひどくなっている。

元をたどれば、GWに入ったころ。そう。TOKYO CANTAT直前から様子がおかしくなり、本番はカスカスで抜いてごまかした。その後、NC演奏会ではましな状態になり、これで大丈夫だな、と思っていたら今頃になってまた痛みが戻ってきてしまった。

次の出番は約1ヵ月後の大阪府合唱祭だから、しっかり治さねば・・・。
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日曜日、ちょっと疲れてはいたが、いい天気に誘われて出かけてきた。

場所は、「日本一低い山」天保山。いや、山が目当てではなく、サントリーミュージアムで開かれていたシャガール展が目当て。

高校時代の修学旅行で訪れた大原美術館の数々の作品に影響を受けて美術展へと足を運ぶようになった私であるが、さすがにここ数年は足を運ぶ機会が少なくなっている。この1年では、4回。

シャガール、というと、どうしても「青」が連想されてしまうが、今回並べられた作品は色彩豊富。もちろん、青を基調にした作品もあるが、私の目をひいたのは、その青ではなく、さし色的に添えられているほかの色。特に目玉になるような作品はなかったかもしれないが、どれもいい作品だった。

さ、次の機会には何を観に行こうかな。
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ずばり、デパ地下。

梅田が通勤の通り道になっているから、普段はお決まりの寄り道コースに阪神百貨店・うめだ阪急が入っているのだが・・・。

この2週間ほど、1日の半分以上を職場で過ごす生活が続いている(要は帰りが遅い)。

今日は比較的早かったが、それでも21時はしっかり廻っていた。
この時間になると、さすがにデパートは閉まっている(うめだ阪急の地下も21時が閉店時間)ので、ちょっと美味しいものを買って帰ろう、という欲は、はなから諦めている。

ただ、最近、デパートの惣菜売り場を眺めながら思うのは、「なんか味が濃そう。で、油も結構使ってるんちゃう?」ということ。

自分で料理するようになってから、たまには外食することはあるが、惣菜を買って買えることがなくなった。自分で作った方が、油をあまり使わない分、胃にもたれたりしないのだ(少なくとも自分ではそう思っている)。

フツーに店が空いてる時間に帰れないのは、ふらっと寄り道して無駄遣い、という心配がない点ではいいのだが、さすがに先週今週はお疲れ気味。とりあえず仕事はひとつ大きなヤマを越したので、明日は早く上がるぞー。
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日本企業は、ここ数年で徐々に日本企業らしい良さを失った。
欧米流の経営論を真似ようとして、分析的な戦略論、合理的な目標管理に発想が傾きすぎた。

経営には、サイエンスとアートの両面があり、そのバランスを見失いつつある。

経営基盤として、経営者と現場が、主観や思いというものをぶつけ合い、触れ合うという風土があるか。これが目標管理が善に動くか悪に動くかを決める。

暗黙知は主観や感情と一体になって存在する。

経営者は、会社が何のために存在しているのか、という価値観、あるいはビジョンをぶち上げて、現場と対話の時間を持つことだ。

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仕事の合間の休憩時間に手に取った雑誌で気になる一言を拾い集めてみた。分析的な戦略論、合理的な目標管理への傾倒への苦言は、思わずどきっとしてしまう。

放っておくと忙しさからくる愚痴やぼやきだけになってしまう可能性もあるこのBlog。また、それ以外だと合唱ネタばかりになり、余計なことまで書き留めてしまいがち。

こうしたメモ書きのような使い方もたまにはしていきますか。読んだだけだと頭に残らなくなってるし・・・。
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昨日の日経新聞に、母校の元学長・阿部謹也氏のインタビューが載っていた。

文系・理系というカテゴライズをする(職場でも事務系・技術系のカテゴライズが存在している)のは日本特有のものらしい。

何でも、明治期に、西欧から学問を輸入した際、軍備と殖産興業を重視していた当時のご時世もあり、それらに直結する「理系」の学問を切り分ける形で力を入れていた。大学で工学部ができたのも、日本が最初だったようだ。

阿部氏は更に言う。学問自体が文理の二分法に合わなくなっていると。環境問題を例に挙げておられたほか、「純然たる理系」と思われがちな医学も、患者の心の問題に配慮する、といった人文科学的な対応が重要になる、という指摘もあった。

私は経済学部出身だから「文系」ということになるのだが、その理論構築に当たっては数式が多用されており、これが「文系」とカテゴライズされることには戸惑いを感じている。

日本と西欧では、学問のあり方が根本的に違うようだ。西欧での学問の目的は、神あるいは宇宙といったものを解明することにあり、優れた学者ほど専門外の問題にも目を配り、さまざまなアプローチをかけていく。一方、日本は自らの専門に特化し、専門以外はまともな話ができない学者が多いそうだ。更に専門ごとにたこつぼ化しているとか。

必ずしも西欧が全て正しく日本が間違っている、と考えている訳ではないが、広範な知識をバックグラウンドに世のため、人のために打つべき策を講じていく、という姿勢、そしてそれをバックアップする制度が、もっと充実してもいいのでは、と思う。

社会科学系の学部しかない大学を出て、理系の人ばかりが揃った会社に入ったからこんなこと感じるだけなのかなぁ。
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by h-katopon | 2006-05-16 21:33