大事なものは、本来持ち合わせているもの

今週、久しぶりに仕事を少し離れて研修に参加する機会を頂いた。

研修、というよりは、職場の理念を体感するツアーであり、その理念を語るに際してゆかりのある場所を訪ね歩きながら理解を深めていく助けとする、という趣旨の下行われた。

ツアーの最初に訪れたのは、法隆寺。

聖徳太子の十七条憲法の第一条にある「和を以て貴しと為す」が、理念の根底に根ざしたものによるためである。

一通りお寺の中を見学した後、管長のお話を聴く機会をいただいた。

話の中心は、和の心。そして、それは日本人が本来持ち合わせているものだと冒頭で述べられていた。

本来持ち合わせている、観方によっては当たり前のものを、理念の根底に置くのは、その当たり前のことが当たり前ではなくなってしまったからだろうか。それとも、当たり前のことを当たり前にやることが実は難しいことがわかっていて敢えてそうしたのか。恐らく後者なのだろうが、現在では前者も当てはまるのかもしれない。
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