「練習」ではなく「セッション」のつもりで

演奏会の告知以外、歌に関する話題はあまり書きたくない(書いてる位なら自分の練習したい)のだが、他にネタがないので歌に関する話題を。

コンクールや演奏会が近くなると、寺漢では恒例の「カルテット練習」(パート割によりトリオやクインテットのこともある)が行われる。

オンステを可否を決める試験(オーディション)ではないが、ステージにだれもが経験しなければならない。

傾向としては「自分がきちんと歌えているか」の対峙をしながら歌っている状態で、アンサンブルとしていい音楽が作れるケースは少ない。

かつて、バーバーショップコーラスのビデオを観た時、我々が練習と読んでいるものをpracticeではなくrehearsalと呼んでいるのが印象的だった。

そう。音が取れてるかを確認する場ではなく、本番さながらに音楽を作っていく場なのである。

社会人ばかり。しかも掛け持ち率の高い寺漢の場合、通常練習で全員がそろうことは、残念ながら滅多にない。

そんなときでも、その時々のバランスで歌い方を変えながら音楽を作っていく。そういう意味ではセッションをやっていく感覚に近いだろうか。

カルテット練習にしても、そういう感覚で皆が歌えるようになれば、団としての音楽も一皮むけたものになるかな。そんな期待を寄せている。

自分自身がセッションする能力を高めることは絶対に必要。それに加えて、「その場にいるメンバーだけで最良の音楽」を作るという気に、周りをさせることができるかどうか。それが課題だ。
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by h-katopon | 2011-06-27 21:21 | 音楽