最後の力を振り絞り

高校野球も優勝校が決まり、いよいよ夏も終わりにさしかかってきた。

お盆あたりから感じていた、秋の気配も、朝晩には本格的なものに感じている。陽気が安定し、自転車通勤を再開した身には非常に助かるのであるが。

日差しの強くなった昼間は、まだ逝く夏を惜しむ蝉の音が大勢を占めるのだが、どこか力がない。短い命の、最後の力を振り絞って鳴いているようにも思える。

時おりしも、衆院選最後の1週間に入ったところ。私の住む周辺では比較的静かだが、全国いたるところで、支持、そして一票を訴える声が飛び交っていることだろう。残りわずか1週間の命、と言ったら怒られそうだが、限られた期間に選挙区内を駆け回って名前を連呼する姿は、どこか夏の終わりの蝉に似たいとおしさを感じてしまう。自分が期日前投票を済ませてしまったから、こんな涼しい見方をしてしまうのだろう。

思えば、昨年まで、毎年この時期は、演奏会を直前に控え、必死になって歌っていた。
今年も同じ舞台で歌う仲間たちの、これからの直前期の頑張りを静かに応援するとともに、歌うこととの物理的な距離が空いてしまったわが身を振り返る。歌に限らず、すべてのことに、必死に最後の力を振り絞るくらいまで自分を追い込んで事に当たっているだろうか。必死さが足りない。

そう思いながら熱くなっていく頭を鎮めるかのように、秋風が部屋を通り過ぎていく。
[PR]